No.83
柾谷家が代々伝えてきたお盆の行事『ナイモナイモ』
250年も前から白銀で伝えられてきたお盆の風習。
死を悼み、生者の息災を祈り、独特の唱えを響かせながら、
その不思議な行列は寺へと向かっていく。
柾谷真市 松倉幸一
荒川繁信 大浦廣
取材・文 根市遥香
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八戸・白銀地区に「ナイモナイモ」という行事があります。この行事を支える柾谷真市さんと、白銀振興会の松倉幸一さん、荒川繁信さん、大浦廣さんの3名にお話を伺いました。
ナイモナイモは、亡くなった方の供養のために行われる行事で、新盆から3年、遺族の方が参加するのが基本です。毎年、8月14日の夕方5時頃から始まります。南無釈迦牟尼佛の旗の元、のぼりを先頭に大念仏と書いた高張提灯、そして笛、太鼓、鉦のお囃子をつけて柾谷さん宅を出発し、砂森にある石碑に供養してから福昌寺へ向かいます。そしてお寺で参加者全員が集合して、火を焚き、「ヨイナーイナミアミダー、オーガムダー」と唱えながら各お墓を回ります。その後柾谷さん宅へ戻り会食をして解散となります。
ナイモナイモは書物に細かい記録があるわけでもなく全て口伝で、托鉢で上方から来た僧侶が柾谷家に伝えた250年も前から伝わる風習ではないかと考えられているそうです。「ナイモナイモ」という名前の由来すらもはっきりとしたことはわかりません。一説では「南無南無」から、また一説では「厄も病も何も『無い』」からきているのではないかと言われています。
唯一、分かっているのは、代々の柾谷家当主が亡くなると、その人がナイモナイモで着用していた衣装は棺に入れられ燃やされるということです。
言い伝えでは、その昔、九州の行脚僧(又は托鉢僧)が白銀の福昌寺に立ち寄った際に、「自分の処では毎年お盆の14日の晩に木蓮尊者(法力においては仏教界の第一人者)にちなんだ行事をしている。この福昌寺でも行ったらどうか」と進言しました。この僧侶はおそらく日蓮宗だったと思われ、曹洞宗の福昌寺としては「仏様の供養というこの行事の主旨には共感するが、違う宗派の行事は取り入れることができない」と、その提案を受け入れなかったそうです。
しかし、たまたまそこに居合わせた柾谷さんのご先祖が「宗派が違うといっても仏に対する供養には曹洞宗も日蓮宗もないはずだ。寺がやらないのなら私がやりましょう」と言って、そのやり方を僧侶から聞き、このナイモナイモを新仏の供養として実行に移したということです。
さらに、ナイモナイモの際に立ち寄る砂森の石碑には「南無佛法禅単縦日蓮大士」と書いてあります。この石碑もナイモナイモの起源に関わりがあるのではないかと、松倉さんが話してくれました。托鉢の途中で白銀の地で亡くなった僧侶を弔い、墓地だった砂森へ埋葬し石碑を建てたのではないかという説です。
この不思議な風習のナイモナイモは、地域の行事でも福昌寺の行事でもなく、柾谷家が代々守り続けてきました。その為、お囃子が聞こえる近所の方には定着していますが、お囃子が届かない場所に住んでいる方は同じ白銀地区にいてもナイモナイモを知らないという状況です。
ナイモナイモは、柾谷家で後を継ぐ人がいないと、なくなってしまうという心配があります。また、お囃子ができる人も少なくなってきています。そこで、継承していたくためには、この先は地域と福昌寺とで工夫をしていかなければならないだろう、と柾谷さんは話していました。
私は、このような行事があることを初めて知りました。仏様の供養のための行事というものはいくつか知っていますが、たいていはお寺さんや町内会などが主催です。ナイモナイモのように、一つの家が行事を取り行っているのは珍しく、また、250年以上も前から続いているということに驚愕しました。このような貴重な行事が無くなってしまうのはとても惜しいことだと思います。何とかこの風習がなくならないよう柾谷さんたちの継承を共に見守っていきたいと思いました。
取材に応えてくれた方
柾谷真市(まさやしんいち)/プロフィール
1954生まれ。ナイモナイモを相伝する柾谷家当主。八戸高校卒業後東北学院大学に進学、その頃に祖父よりナイモナイモを引き継ぐ。現在は第三本町町内会会長として7年目。他に白銀地区自主防災会事務局長、民生委員。
松倉幸一(まつくらこういち)/プロフィール
1929年生まれ。「『白銀フィールドミュージアム』と『扇ヶ浦について』の調査研究が面白くなり、現在進行形で白銀町の風土風習のPRに頑張っています。白銀町、扇ヶ浦、鯨のことについて、出前講座も致します。どうぞご連絡ください。」
荒川繁信(あらかわしげのぶ)/プロフィール
1945年生まれ。72歳。白銀振興会会長、白銀地区民生委員児童委員協議会会長、第三三島町内会会長。昨年町内会長就任20年が過ぎ、おかげさまで八戸市から功労者表彰をいただきました。
大浦廣(おおうらひろし)/プロフィール
1948年生まれ。68歳。市内建設会社に44年間勤務し5年前に退職しその後は第一本町の町内会長、白銀振興会副会長。また交通安全協会白銀支部所属の交通指導隊員として毎日横断歩道で子供達の交通安全の手伝いをしています。
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取材と文
根市遥香(ねいちはるか)/プロフィール
八戸東高校2年。文芸部部長。剣吉の人間です。読書が趣味で、愛読書は初版グリム童話。幽霊や妖怪と怖いものが好きな変人少女(他称)。伝承も伝説も宗教も民俗も好き。美しきものは恐ろしく、恐ろしいものは美しいが持論で、梶井基次郎の「桜の樹の下には」も大好き。