No.43
八戸のスケートはじまりの地・勘太郎堤
かつて、冬には何もかもが結氷した八戸のまち。
埋め立て前の堤も格好のスケートリンクとなった。
氷都の歴史がはじまった、堤にまつわる物語。
久水英一
取材・文 岩舘千和
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中心街近くの住宅街に、今は使われていない小学校がある。旧柏崎小学校だ。今は青葉町に移転しているが、この旧柏崎小学校を含む若葉町一帯はかつて類家堤(通称:勘太郎堤)と呼ばれる堤であった。柏崎小学校在学中に何度か先生から聞いたことがあった。そういえば渡り廊下に勘太郎堤の風景画があったのを思い出した。
市民から昔のスケートの思い出について聞いていくと、この勘太郎堤が八戸のスケートのはじまりの地であったことが浮かび上がってきた。
八戸は氷都の異名をもつ。雪が少なく、街全体が結氷したことでスケートが盛んになった街だ。60代以上の方に話を聞くと、みんな口を揃えて、凍ったため池や田んぼなど天然の氷で滑ったことを楽しそうに話す。
「池でスケートをしていたらさ、氷が割れて落ちたんだ。でもなぜかそんなに寒くなかったんだよ。落ちてもいいように着替えを持っていったりもしたな。」
「車がほとんど走ってなかったから、荷馬車の後につかまって凍った道路を滑ったんだよ。」
「田んぼに張った氷から、刈り取った後の稲が飛び出ててね、それにつまずいては友達に笑われたんだよ。」
みんな当時のスケートの記憶を思い出し、「そこらじゅう凍ったんだよ」と目を細めて懐かしむ。今では考えられないが、八戸でも池や田んぼがカチカチに凍っていたそうだ。
八戸でここまでスケートが盛んになったのには堤の存在が大きい。八戸には街を囲むようにいくつもの貯水池である堤があった。実際にお話を聞いてまわると、堤でスケートをしたことがある方が多くいた。住宅地の増加に伴い田んぼが少なくなり、昭和の中頃までには八戸の堤は役割を終え、全てなくなってしまった。
現在「八戸のリンク」といえば長根リンクだが、この長根リンクも昭和43年までは貯水池の天然リンクだった。今は八戸で一番メジャーなリンクだが、八戸の最初のスケート大会が行われたのは、実はこの長根の堤ではなく、柏崎地区の勘太郎堤であった。
記録に残る八戸の最初のスケート大会は明治40年の旧制八戸中学(現在の八戸高校)の氷上運動会だ。スケートの普及に尽力した八戸高等女学校(現在の八戸東高校)の三田校長が最初にスケートを授業に取り入れたのもこの勘太郎堤であった。勘太郎堤は八戸のスケートのはじまりの場所ともいえるのだ。
「姉が実際に勘太郎堤でスケートをしていたよ。下駄に歯が付いただけのスケートを履いていたな。」と、旧柏崎小学校に通っていた久水英一さんが勘太郎堤について教えてくれた。自身がスケートをする頃には、既に勘太郎堤は埋め立てられていたが、90代のお姉さんが実際に勘太郎堤で滑っていたという。当時は「氷上運動会」と呼ばれる大会で、下駄に金属の歯をつけた「下駄スケート」や、靴の下に金属の歯を真田紐でしばりつけた「カネスケート」を履いていたそうだ。女学生は、なんと袴姿でスケートを楽しんでいたという。行われる種目も、氷上パン食い競争に、氷上剣道、みかん拾いなど、今では考えられない、なんともユーモア溢れる競技が行われていた。現在のような100分の1秒を争う、競技としてのスケートではなく、まさに氷の上で運動会を楽しんでいたようだ。
久水さんは、中学校時代の自由研究で、勘太郎堤の埋め立ての変遷を地図として残していた。それを見ると、勘太郎堤が埋め立てられ、畷(なわて)グラウンドという運動場になり、グラウンドの場所に柏崎小学校が建てられたことがわかる。当時の様子を知ることができる貴重な資料だ。流れてくる水を海まで流すための堰(せき)があった様子もうかがえる。夏はボート、冬はスケートと市民の憩いの場であった勘太郎堤も、時代の変化とともにこの柏崎地区から姿を消していった。
勘太郎堤に限らず、八戸にいくつもあった堤は、今は一つもない。氷都と呼ばれる八戸にスケートの原点である堤が全て失われたのは寂しいことではある。八戸のスケートの始まりを知ると、この勘太郎堤の跡地の記憶が見えてくる。その跡地に立つと、今も市民がスケートを楽しんでいる明るい声が聞こえてくるようだ。
取材に応えてくれた方
久水英一(ひさみずえいいち)/プロフィール
1929年八戸市柏崎新町で生まれ育つ。小学校教員となり、吹上小学校長を最後に退職する。その後、柏崎公民館の館長を勤めた。現在の趣味は、合唱と水泳、時々マージャンを楽しむ。また運動が大好き。96歳の姉から、勘太郎堤のことを聞いていた。中学生時代に勘太郎堤付近の変遷について調べ記録していた。
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取材と文
岩舘千和(いわだてちわ)/プロフィール
はっちスタッフ。30代。八戸市生まれ。高校を卒業してから10年八戸を離れ、Uターンしてくる。趣味は写真と猫の追っかけ。猫のお腹に顔をうずめてふがふがするのが至福の瞬間。