No.82

幻の名騎手

ダービー、オークス、菊花賞のクラシック三連勝、
若干20歳あまりで輝かしい成績を残した名騎手がいた。
しかし彼にも、戦争は容赦なく残酷な運命をもたらせた。

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前田喜代治
取材・文 岩舘千和

 今も競馬ファンの間で伝説となっている天才騎手がいる。彼の名は前田長吉。
 史上最強の牝馬とうたわれたクリフジに騎乗し、1943年のダービーを、まだ見習い騎手でありながら、わずか20歳3ヶ月という最年少で制した。この記録は現在も破られていない。他にもオークス、菊花賞も制覇し、クラシック三連勝という輝かしい成績を残している。

 長吉は是川に生まれ、家では競走馬を飼っていた。当時、根城には草競馬場があったらしい。子どものころから馬の世話をしており、長吉も産馬組合に出入りしていた。
「そこで競馬の情報を得て、騎手に憧れたんじゃないかな。家出をしてまでも騎手の夢を追いかけるって、ほんとに馬が好きだったんだよ。」と甥の喜代治さんは話す。
見習い騎手でありながら、上京して短期間で結果を残している。長吉の才能はさることながら、血のにじむような努力があったのだろう。
 しかし、そんな彼の騎手生活は長くは続かなかった。日々戦況が悪化する中、長吉も軍隊に招集され、終戦後に抑留されたシベリアで23歳の若さで病死している。
「生きていたらきっと名騎手になっていたはずだよ」
 時折言葉を詰まらせながら、喜代治さんは長吉の無念を思う。

 2003年、厚生労働省に保管されていた、シベリアからの身元不明の遺骨のDNA鑑定が始まった。ある日、喜代治さんの奥さんがテレビで偶然「前田長吉」の名前を見つけた。それは、自身もシベリアで抑留されていた岩手在住の小岩さんが、テレビを通して戦友を故郷に帰したいと、遺族にDNA鑑定をするように呼びかけているものだった。その対象者に長吉の名前があったのだ。偶然が重なった。そして2006年、ついに長吉の遺骨が発見される。62年ぶりに長吉は故郷の是川に帰ってくることとなった。遺骨の返還式当日、いつもは田んぼが広がる穏やかな是川の生家は異様な雰囲気に包まれた。30人あまりの親族をはじめ、多くの取材陣で溢れた。「おかえりなさい 長吉さん」と書かれた大きな横断幕が掲げられ、長吉は生家に迎え入れられた。厚生労働省に鑑定を依頼し、遺骨返還のきっかけを作った喜代治さんも、拍手で「おかえりなさい」と叔父の帰郷を迎えた。

 喜代治さんは長吉の遺骨返還後、長吉の語り部としての活動をしている。その活動の中で、長吉の戦友たちに会いに行った。騎手としての記録以外にも、叔父の人柄を知っておきたいという想いがあった。彼らが生きているうちに会いにいかなければ、と長吉の当時の姿を追った。
 長野在住で長吉の上官だった堀内さんの元を訪れ、当時の長吉の様子や戦地での活動を知る。
「前田がやります!と率先して取り組んでいました。少年のようなかわいい声でした」
かわいい声だったとは意外であった。長吉の教育係をしていた中山さんはじめ、他の戦友も長吉のまじめな働きぶりについて語ってくれた。亡くなる前日まで、空腹と戦いながら森林伐採の労働をしていたそうだ。
 また、喜代治さんの職場に取材で訪れた際に招かれた部屋にも、長吉の写真や資料が数多く飾られていた。その一つに、勝負服(ユニフォーム)がある。長吉が所属した厩舎に残された長吉の身体のデータを元に作られたレプリカだ。なるほど、とても小柄で、女性と言われてもわからないくらい華奢である。身長は145センチほどだったらしい。喜代治さんが長吉を知る方を訪ねる際も、小柄で華奢な長吉の印象からか、喜代治さんを前に、みんな「ほんとに長吉の甥か?」とびっくりされるという。喜代治さんも大きい体格というわけではないのだが、それほど長吉が小柄だったということだろう。
 華奢な身体にかわいい声。真面目な仕事ぶり。長吉の人物像が徐々に見えてくる。

「一度でも会ってみたかったな」と、喜代治さんは会話の中で何度かつぶやく。会ったこともない叔父の足跡を辿っていくと、たくさんの人の記憶に長吉が刻まれていることを知る。ニュースで八戸が取り上げられると、わざわざ喜代治さんに連絡をくれるほど親しくなった人もいる。「叔父のおかげでこんな繋がりを持てたことには感謝している」と喜代治さん。
 今は語り部をつとめ、長吉のことを多くの人に知ってもらいたいと活動している。そこには、若い人たちに前向きな考えや、明確な夢を持って欲しいとの想いがある。夢半ばで戦争に翻弄された叔父・長吉の人物像を知るにつれ、喜代治さんのその気持ちは強くなる。今の日本では夢を持ち、その夢に向かって努力することができる。そして努力次第では夢をかなえることもできる。努力できること自体の幸せに感謝する大切さ、それぞれの置かれた環境で夢の実現に精一杯努力していくことの大切さを、これからも喜代治さんは伝えていく。



取材に応えてくれた方

前田喜代治(まえだきよじ)/プロフィール
1949年生まれ。是川に生まれ育つ。長吉の甥で「前田長吉を語る会」の語り部を務める。若い頃から長吉に関心を持ち、その足跡を辿った。長吉の師匠である尾形調教師を訪ねて長吉の人物像を知る。2006年の長吉の遺骨返還後から、長吉のことを後世に伝えていこうと本格的に活動を始める。

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取材と文

岩舘千和(いわだてちわ)/プロフィール
はっちスタッフ。30代。八戸市生まれ。高校を卒業してから10年八戸を離れ、Uターンしてくる。趣味は写真と猫の追っかけ。猫のお腹に顔をうずめてふがふがするのが至福の瞬間。

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