No.70

地震に強い八戸の水道管

八戸自慢のおいしい水、いい水を届け続けたい。
地形、広大な面積、そして技術面などの困難を乗り越え、
男たちの情熱は、壮大なプロジェクトを実現させた。

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村上昇 大坂誠 浜谷則和
取材・文 河野秀清

 昭和43年5月、マグニチュード7.9の揺れが八戸を襲った。
 八戸のおいしい水を運ぶ水道管はズタズタになった。各地で断水。顔も洗えない、風呂にも入れない、赤ちゃんのミルクも作れない。
 どうしたものか。日常生活がいっぺんに不自由になった。各地で給水を待つ市民が列を成す映像が報道される。
 八戸市水道部事業管理者の田邊一政氏は、そんな現状を目の当りにして、「なんとかしなければ」と心を痛めた。
どうすればいいのか、八戸市の水道事業は、20万人の人口と広大な面積に関わる、どのように対処したらいいのか。
 地震はいつ起こってもおかしくない。いやいつ起こるかわからない。そんな時、市民生活に影響が出てはいけない。地震があってもライフラインだけは影響があってはいけない。特に生活必需品の水は喫緊の課題である。
 田邊氏は水道管の耐震性の必要性を強く感じ、地震の翌年に耐震的に強くするためには、長大な「管路を構造物として捉え、材質、機能、施工法を新たに開発すべき」と主張し、水道管を製造するメーカーに新しい耐震管の開発を要請した。と日本水道新聞社発行の「地震時挙動観測開始から25年の検証」に紹介されている。
 当時入庁3年目で田邊氏の下で仕事をした長谷川照夫氏は、田邊氏について「兎に角水を大切にする人、漏水のない水道を念頭において厳しく指導を受けた」と当時を述懐した。それほど水道に対して真摯に取り組んできた人である。
 八戸市を含む水道企業団に携わる市町の総延長管は2千キロメートルに及ぶ。今は水道管の設置図面があってわかりやすいが、その昔は水道管の設置がどこにあるのかもわからなかった。断水や漏水の連絡があると住宅地図を片手に歩き回った。地域のお年寄りが水道管設置状況を詳しく知っていることもあった。
 八戸には、蟹沢、三島と名水の水源地がある。しかし、生活スタイルの変化、人口増加を考えるとさらに大きな水源地が必要である。蟹沢も三島も水源の量としては少ない。水道関係者の努力の結果、馬淵川で大量の水量が確保できたため、白山浄水場が建設されている。
 この白山浄水場から延びる基幹管(大口径の管)から耐震管に変えていこう。一大プロジェクトは始まった。水道管製造会社、工事会社と水道企業団との基幹管耐震化工事打ち合わせが始まった。
 今までの水道管は地震で動くと接続部から外れる。地面が動いても何とか外れないものはないのか。腐食しにくいものはないのか。
 水道管製造会社から、地面が動いても抜けない接続部の水道管が提案された。それも耐用年数の長い太い管である。さらに今までの管に比べ、施工性向上、長寿命、コスト縮減という特徴のある管も開発された。
 開発された水道管を背景に、耐震化工事を急ピッチで進めた。
 協同組合八戸管工事協会事務局長の大坂誠氏は、開発された水道管工事を、地元水道施工業者が率先し大手メーカーに頼らず耐震管の接合技術を習得し工事を実施した。
 彼らを動かしたのは、田邊氏が口癖のように言っていた"誰のための水道だ!"という信念である。田邊氏は、水道施工業者に施工方法を指導し続けたのである。
 市民の皆さんに不自由はさせられない。その思いだけであった。
 そんな工事が功を奏して、八戸圏域水道企業団の耐震化率は40パーセントを超えた。全国平均は22パーセントである。
 基幹管(大口径の管)の耐震化率は71.7パーセント。全国でも有数の耐震化率である。
 このような耐震化の取り組みのおかげで、八戸ではうまい水が飲めるのである。なんともありがたいことだ。
 水道管の耐震化工事はエンドレスである。水道関係者のたゆまぬ努力によって耐震化工事が進められている。
 多くの人たちの苦労に感謝しながら、じっくりと八戸の水を味わいたいものである。



取材に応えてくれた方

村上昇(むらかみのぼる)/プロフィール
1961年生まれ。八戸圏域水道企業団事務局次長兼総務課長(取材時)。八戸高専土木工学科卒業後、八戸市に採用され、水道部配属以降、35年間(水道部4年、水道企業団31年)水道一筋で、工事設計・監督、施設維持管理、事業計画、総務関係の各部門を経験。

大坂誠(おおさかまこと)/プロフィール
1957年生まれ。青森市で生まれ小学4年の時八戸市に引越してきました。それ以降八戸市に住んでいます。八戸市は気候も良く、自然豊かで、そんな八戸市が大好きです。

浜谷則和(はまやのりかず)/プロフィール
1973年生まれ。八戸高校、釧路公立大学を卒業。1998年に八戸圏域水道企業団へ採用。主に予算や決算など財政業務の経験が長く、広報業務を担当して4年。日々、安全でおいしい水のPRに想いをめぐらせている。

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取材と文

河野秀清(こうのひできよ)/プロフィール
昭和20年11月、兵庫県生まれ。モットーは「やってみなはれ!」やってみないとわからない。だめでもともと。文章を読む、文章を作るのは大好き。昔は北杜夫を好んで読んだ。

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