No.25
イカ釣り流儀変遷記
イカ釣り漁法の仕掛けはまさに日進月歩。
八戸がイカにしてイカの水揚げ量日本一を守り続けているか、
大迷惑を被るイカの視点も交えたイカしたお話。
スルメイカ
取材・文 長崎泰一
「イカ釣り流儀変遷記|八戸88ストーリーズ」をシェア
日が沈んだころ。
突然、水面から、まぶしい光が水中の奥深くに注ぎ込んだ。周辺を回遊していたイカたちが一斉に光を目指して集まってきた。光がさすところには、餌となる小魚が集まってくるからだ。けれど、小魚は見当たらない。
まぶしい光の中、一本の糸がするすると降りてくる。
それには、小魚に似た不思議な物体がたくさん連なっていた。
「あれ?餌かな?捕まえてみるか・・・」
「あ、おれも捕まえてみよう。」
たくさんのイカが何の疑いもなく、小魚に似た不思議な物体へと抱きついていく。
「あれ?いてて・・・」
「うわこれ、なんだ一体!
「うわー!」
その物体には、イカを引っ掛けるための傘状の針がついており、イカが抱きつくとひっかかってしまうのだ。その場にいたイカたちは、次々と水面へ引っ張られていく。たくさんの墨を吐き散らし、イカは最後の抵抗を試みるが、次々と船上へ釣り上げられてしまった。
この小魚にも似た不思議な物体とは、イカ針のこと。
イカ針は、餌に似せた擬似針の一種で、釣りで使われるルアーと同じようなものだ。
「こんなにおれらイカたちを巧妙にだます、イカ針を発明したヤツはだれなんだ?
ちっくしょー!」
イカ釣りが始まったころのイカ針は、イカを塩漬けにしたものを餌として巻いたものだった。漁具店や漁師たちは、水牛、鹿などの角や鯨歯を細工したツノと呼ばれたものを考えたり、カナマキと呼ばれた、鉛の胴に赤や黒の綿糸を巻いて装飾した鉛ツノへなどを発案、やがて、プラスチックや合成樹脂をつかった現在のイカ針へと替わっていった。
似せているのは、餌となる小魚やえび。今では、様々な形や色、発光するもの、イカが抱きついても違和感のない柔軟性のあるもの、その数は数百種類にも及ぶ。
「おれ様くらいの目のいいイカだったら、ちょっと昔のイカ針には、ひっかからなかったんだ。だけど今の仕掛けはやばい。光が当たるとキラキラ光ったり、抱きつくと本物の小魚みたいに柔らかかったりして、無性に食いつきたくなるんだ。こんなにうまそうに作って、おれ達の目を欺くとは、敵ながらあっぱれだ。」
初夏に入ると、海岸沿いから遠く沖を眺めると、いさり火と呼ばれる灯りが見え始める。
スルメイカ漁シーズンの始まりだ。盛夏になると、徐々にいさり火も増え、晩秋を迎えると、漁は昼も操業、年を越した1月ころまで続く。
「恐怖だぜ。漁師たちがおれたちを狙って、北は北海道、南は九州から八戸にやってくるんだ。毎日が漁師との知恵比べだぜ!」
八戸港のイカ水揚げは、全国一位を続けている。八戸を基点とした、津軽海峡を越えた日本海から三陸沿岸にかけてのスルメイカ(マイカ)、同じ近海を漁場とするヤリイカが主な水揚げとなる。それに加え、遠洋からは、北太平洋のアカイカ、ペルー沖のアメリカオオアカイカ、ニュージーランド沖からはニュージーランドスルメイカが水揚げされている。
イカ釣り漁法は、明治25年ごろ、能登半島から伝わってきた。当初は加工法も少なく、漁師が食べるための漁として行われているだけだったが、大正8年、柔魚組合が結成、加工技術の開発が始まると、イカ専門の漁船も徐々に増え始めてきた。
「おれたちが受難の時代に入ったってわけだ。」
昭和に入ると、加工法も確立され、需要も増加、漁船も動力船が導入され、イカ釣り漁法も近代化が始まる。
「本当にやばい時代になったぜ。昔のイカ釣り仕掛けは、針が2本しかなかったけど、今の仕掛けは、いっぱい針がついてるんだ。それもうまそうなやつがずらっとな。おれたちの仲間が一杯でも、針にかかっちまうと、仕掛けがうまい具合に誘惑してくるから、ほかの仲間もつられて針を餌だと勘違いしちまう。何杯も針に抱きついたころになると、突然水面に引っ張られちまって、いつの間にか船の上という有様よ。おれたちには厳しい時代になった。」
現在は、イカ釣りロボットが誕生、コンピュータ制御によってイカを誘い釣り上げるまでの作業をすべてこなすようになった。
GPS、ソナー、魚群探知機などイカの群れを探し出す装置も、進歩している。
しかし、多くの水揚げを達成するには、永年の技術や経験値が重要であることは、現在もかわりはない。
「最近、八戸沖に泳いでくるおれたちイカの仲間は、減ってきてるんだ。イカ釣り漁師たちにとっても厳しい時代らしい。」
環境や海流の変化、餌となる小魚の激減など、イカが減少する原因は様々だ。それに加え、遠洋では、200海里規制など、以前のように自由に漁獲を行うことも難しくなった。
「漁師たちも、最近はおれたちの保護に関心を持ってくれたらしい。まあ、敵ながら、いいとこあるじゃんって感じかな。」
取材に応えてくれた方
スルメイカ/プロフィール
八戸に最も多く水揚げされる種類のイカ。真イカとも呼ばれる。日本周辺からオホーツク海、東シナ海まで生息し、八戸では6月~1月ごろまで水揚げされる。その他にも、八戸ではヤリイカ・アカイカなども水揚げされる。
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取材と文
長崎泰一(ながさきたいち)/プロフィール
45歳。株式会社テクノル、まちぐみ220号。山岳渓流で毛ばりを振り振り。魚市場の前でのんびりソイを釣ったり、真冬の氷上でワカザギを釣ったりする。