No.45

磯釣り名人日記

アタリがくれば、見ずともその魚の姿が見える。
そんな磯釣り名人たちが腕を競い合う風景。
実際の釣果は別として、いいお話が釣れました。

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安藤誠亮
取材・文 中居亜希子

 午前三時。釣り人の朝は早い。
素早く身支度を済ませ、荷物をまとめる。おにぎり、缶ジュース、雨具にトマト。真水も忘れてはいけない。必要最低限を黙々とバッグに詰め込むと、仲間が待つ集合場所へ急ぐ。

 御年八十二歳の安藤誠亮さんは、昭和四十三年に発足した八戸磯釣愛好会の当初からのメンバーである。普段は、体調を崩した奥様の世話をしながら自転車屋を営んでいる。大好きな釣りへ出かける回数はかなり減ったが、年に一度の同会主催の釣り大会へは必ず参加している。

 集合場所へ着くと、もうすでに数人の仲間が来ていた。皆、負けず劣らずの釣りバカ揃いだ。今年こそ一番の大物を、と虎視眈々と狙っている。が、それ以上に、磯場に出るのが待ち遠しくて仕方がないといった感じだ。

 鮫から中須賀、深久保から種差にかけての磯には大小さまざまな岩礁があり、舟で目的の島へ渡してもらう。誰がどの島で釣るかは、くじ引きで一番をひいた者から順に選んでいく。だが、どの島が当たっても釣果にはさほど関係ない。結局は腕なのだ。それと「釣り運」。いくら長い竿で遠くに投げても大物がかかるとは限らない。案外と大物は足元でゆらめく海藻の陰に隠れているものなのだ。それでも釣れなかったら、その日は潔く諦める。無茶はいけない。この先に大物がいるかも・・・という淡い期待を振り払い、戻る勇気も釣りには必要なのだ。発足五十年、無事故で来たのが当会の誇りでもある。

 狙いは海タナゴ。普段は沖の方にいる海タナゴだが、出産のこの季節は海藻の生い茂る磯場に近づいてきているのだ。ちなみに、海タナゴは魚では珍しく、卵ではなく親と同じ姿の幼魚を産む。

ポチャン。

 慎重に糸を垂らす。錘がゆっくりと沈んでいく。落ちていく動きに魚は食いつくものだ。なるべく美味しそうに、それでいて罠だと気づかれないようにさりげなく。竿を握る手に全神経を集中させる。

コツン。

 来た。魚がエサに食いつく絶妙のタイミングで竿を引く。ダメだ。針にかからない。今日用意してきた針は尺タナゴ用の大きなものだ。それ以外の魚の口にはサイズが合わないのだ。

小さい魚よ、お前と遊んでいる暇はない。他へ行ってくれ。

ガツン。

 また来た。いや、まだだ。焦るな。今度はしっかりと食うのを待って竿を勢いよく引く。

グググッ。

 よし。かかった。確実にかかるようにもう一度大きく竿を引く。愛用の竿がぎゅっと軋む。大きい。姿を見ずとも引きの強さでわかる。魚は口にかかった針から逃れようと、右へ左へと暴れる。陰へ逃げ込み岩で糸を切られないよう細心の注意で魚を手繰り寄せる。
 細い細い糸を伝わり、魚の精一杯の命を感じる。弧を描いてしなる竿の重さは自然の偉大さだ。暗い海の底でひらりと白い影が光る。タナゴだ。それも狙い通りの尺タナゴだ。今の時期は「さんと魚」と呼ばれ、ほどよく脂が抜けていてさっぱりとして旨い。柔くて甘い白身は刺身にするのが最高だ。

 どのくらい格闘していただろうか。もう何時間も竿を引き続けた感覚があるが、一瞬だったような気もする。日の光を受けて輝く尺タナゴの姿がはっきりと確認できるくらいまで海面近くに上がってきた。相手はもうだいぶ疲れている。ここまで来ればもう少しだ。たもを用意しておこう。

!!

 ふと、竿が軽くなった。まさか。まさか・・・
 つい今しがた、まだぱふらぱふらと力なく水面近くに横たわっていたその姿が、空を睨み「もう降参だ」と口をぱくぱくさせていたその姿が、力強くびくびくとニ、三度尾びれを振るわせると、ゆったりと海底を目指して消えていった。


 釣った話、釣れなかった話、楽しいおしゃべりは尽きない。釣り初心者の私にとってはどれも勉強になる事ばかり。
「あれれ。もうこんな時間だ。」
チラリと掛け時計に目をやった安藤さんが急にそわそわしだす。

インタビューが終わり、安藤自転車店を後にする。と、釣り名人は「それじゃ。」と軽く右手を上げてにっこりと笑い、賑わい始めた宵の小中野へと消えていった。



取材に応えてくれた方

安藤誠亮(あんどうせいすけ)/プロフィール
1935年生まれ。安藤自転車店の店主。八戸磯釣愛好会では監事を務め、設立時から参加する古株。今後の目標は、未だ会員の誰も達成していない35cm以上のタナゴを釣り上げ、会から金バッジを進呈されること。

×

取材と文

中居亜希子(なかいあきこ)/プロフィール
40代。はっちインフォメーションのスタッフとして、はっちの玄関口を笑顔で彩っている。釣り・魚が大好きなので、今回のテーマを選んだとのこと。食べたものはたいがい「おいしい」か「すごくおいしい」に分類されます。

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