No.40

ドレスに愛を込めて

その人の人生に寄り添い、ともに歩む一着を縫う。
すべては、彼女をもっとも美しく輝かせるために。
つくり手の思いの深さが、かけがえのない一着になる。

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小笠原美智
取材・文 淀川智惠子

 インタビューを始める前に、小笠原美智さんにミシンとアイロンを見せてもらった。ミシンの天板は、一部巻貝の形に塗料がはがれていた。ずっしりと重たいアイロンの木の取っ手は、中指と薬指が当たる部分が緩やかにへこんでいた。56年の歴史を感じさせるとともに、美智さんの技の確かさを示す痕跡に、思わず唸ってしまった次第である。美智さんは、洋服作りの名人である。
 一昨年、最愛のご主人を亡くされて数ヶ月経ったころ、どこからか「♪だいじょぉぶ〜♪」という歌声が聞こえてきた。正確には、地元の運送会社のCMがテレビから流れてきたのだった。画面を見ると、地元出身のオペラ歌手が、声高らかに、(荷物が多くても、少なくても)だいじょうぶ、(心配しないでおまかせください)と歌っていたのである。あの小渡恵利子さんがきているドレスに見覚えがあった。ああ、私が仕立てたドレス、まだ来てくれているのね、と思いつつ、その歌声でなぜか気持ちがすっと楽になったという。ご主人が亡くなった後、じぶんが決断しなければならないことが多くても、一つひとつ後に悔いを残さないようにとこなしてきたつもりであった。気丈に振る舞い、悲しみだけで心がいっぱいになっているとは、家族に悟られたくはなかった。小渡さんの歌声が、「だいじょうぶ!」という、励ましの声に聞こえ、画面に向かって頭を下げていたこともあったという。そういえば、長年この歌声を聴いているが、東日本大震災から一年過ぎた頃に聞いた時も、気持ちが明るくなったことを思い出したという。あのドレスは小渡さんの肌のきれいさが際立つよう、襟ぐりを山並みのように仕立てた。スカラップという段取りに決めた時のやりとりが懐かしく思い出され、自分と関わった人との愛着の深さを認識したという。
 美智さんは洋服全般を作る。厚手の生地のボタンホール、和服地のループ、ニットのくるみボタン、ジョーゼットの裾のまつり具合、コートの内ポケットなどの細部に、美智さんの技が冴える。最近はリフォームも多いという。仕立て下ろしのような出来栄えに、持ってきてよかったと喜ばれるそうだ。喜ばれるもう一つの理由は、お直し代がいつも予算以下ということだ。そこで、仕立て代とか、お直し代はどのようにして決めているんですかと、不躾な質問をしてみた。迷うことなく、答えてくれた。
 「仕立てにかかった時間ですね、それで計算しています。」
 そもそも、美智さんは人台に掛かっている洋服の依頼主について、決して明かさない。着る人のことを考えながら縫うのが楽しいと言う美智さんが、いまは八戸に住んでいない方のことだからと、少しだけ話してくれた。
 「長い付き合いのある知り合いから、ウェディングドレスのリフォームを頼まれたのよ。もともとそのドレスは、息子さんに迎えるお嫁さんの為に作ったものだったんだって。パリで買い求めた生地で作ったというドレスを、今度は、お孫さんのお嫁さんのウェディングドレスに仕立て直してほしいというの。パリで買った生地と聞いただけで、失敗はできないと緊張したわよ。ところが、わたし、突然手術をしなければならないことになってね。でも十日ほどで退院出来る予定だったし、日数にも余裕があったから、入院は内緒にしたの。それがなぜか、お医者さんが慎重で、手術の日が伸びてしまったのよ。予定通りの日に退院できそうもなくなってしまったの。私の事情を知った看護師さんが、手術待ちの患者だからって、誰もいない病室に移してくれてね。おかげで、他の患者さんに気兼ねしないで、何度もお針子さんに通ってきてもらって、手順や材料の調達を指示したの。親から子へ、子から孫へ伝える代々に連なる愛情を自分に託されたと思ったの。わたしにできる愛の橋渡しをやり遂げたいという気持ちは、その時の本心だったの。退院した翌日から縫製を始めたんだけど、そのドレスを縫っている間夢中だった。愛おしくてね、いい生地だった。若いときから仕上げるのが早いと言われていて、この時、それが役に立ってよかった、と思った。後で滞りなく結婚式を終えたって聞いてほっとしたの。あの時はもうお金云々ではなかったわね。ありがたい仕事をさせていただいた、と感謝の気持ちだけよ。」
 やり遂げた人の表情は、輝いていた。
 花嫁修行のつもりで入学した洋裁学校であったが、導かれるように良い師に出会い、たくさんのお客さんに恵まれたという。今後は、師や先輩から自分に預けられた技術を、志のある人に教えていきたいと夢を語る。美智さんは、縫うことにかけて名人である。同時に、南部地方の女性が綿々と伝えてきたことの一つ、「もったいないで終わらずに、いかに美しく、役に立つものに生まれ変わらせるか」という心がけを、つねに持っている人なのだ。



取材に応えてくれた方

小笠原美智(おがさわらみち)/プロフィール
1943年生まれ。この頃洋裁の仕事が楽しくなりました。自分の時間でやっているからです。これからは自分で培ってきた洋裁の技を若い人、興味のある方に伝えていこうと思っています。これからの生きがいとして。

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取材と文

淀川智惠子(よどかわちえこ)/プロフィール
1948年生まれ。1981年に公文式西ノ沢教室を開設。幼児から72歳の方、障がいのある方、外国人の方への指導実績がある。2017年現在、公文式はちのへ駅前教室と2教室を運営。算数・数学、英語、国語、独語を指導。

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