No.80

種差の今を伝える

一年を通し、種差海岸に咲き乱れる花々は500種以上。
きびしい環境の中でたくましく咲く花たちの姿を
できるだけ詳しく常に新しく、たくさんの人に伝えたい。

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橋本芙美子
取材・文 松橋広美

 八戸市の南東部にある種差海岸では、初夏にはニッコウキスゲやノハナショウブ、秋にはハマギクなど、色とりどりの花々が咲き乱れる。その美しい花々に寄りそう人がいる。橋本芙美子さんだ。
 「この辺りには何もなくて、歩くしかなかったの」と、橋本さんは結婚後の約40年前に住み始めた当時の鮫町のことを振り返った。「でもね、歩いているうちに景色の素晴らしさを発見してね。それ以来、夏はほぼ毎日、冬は2週間に1回ぐらいは歩いているの」。飽きずに続けられるのは決して無理をしていない証拠だ。
 樺太で生まれた橋本さんは、星を見ることが好きな父親と、「なるようになるさ」と楽天的な母親のもとで育った。終戦後間もなく日本に引き揚げることになり、父親の実家のある八戸市に住むことになった。父親が白銀小学校の先生となったので、白銀町周辺に住んでいたのだが、よく家族で汽車に乗って種差に遊びに行っていたという。父親は植物のこともよく知っていたので、小さいときから道すがら咲いている花について教えてもらっていた。母親は北海道余市出身で、余市には松の木、砂浜、芝生があり、種差に来ると故郷を思い出し喜んでいたという。
 「一番の思い出は、キイチゴを歩きながら食べたこと。すっぱくて口の奥がキューッとしたのをよく覚えている。洗ってしまうと粒が落ちてしまうから、洗わないで食べていた」と懐かしそうに教えてくれた橋本さん。植物に寄り添って生きてきた背景には、ご両親との小さな思い出が関係していたようだ。
 鮫町の地元住民らで平成10年に結成された「種差海岸・自然を守る会」から派生し、植物をもっと探求するために「わの会」を発足。砂地にはどのような植物が咲くのか、蕪島の裏にはどんな植物があるのかなど観察し、図鑑やインターネットとにらめっこしながら調査をしていった。
 探求する中で、いつ、どの花が、いつまで咲くかを「花期チェック表」に記録するようになった。その数は500種以上。手書きで記された一覧表はずっと大切に記録され、紙が足りなくなるとセロハンテープでくっつけて使い続けた。今ではそれが頭の中にすっかり記憶されている。
 ある時、種差海岸の散策ガイドの企画に橋本さんがガイドとして誘われ、先輩が参加者に植物について教えている姿を見て、自分の知識を積むことだけでなく、他の人にも教えることの楽しさを感じるようになった。種差種差海岸の遊歩道を歩いている人たちが花について分からないでいると、さりげなく花についてのエピソードを伝える。そこから会話が生まれ、「また来たい」と思ってもらえるのが喜びとなっていった。
 はっちの2階には常設で種差海岸を紹介するコーナーがあるが、実際に今、現場で何の花がどう咲いているかを伝えきれないことが歯がゆい。種差の閑散期ともいえる冬の時期でも、実は見てもらいたい風景があるという。「わの会」はそれをフォローする活動をはっちで6年にわたり続けた。「雪をかぶった花もあるの。花も一生懸命なの」と橋本さん。雪を積もらせても震えるように咲く花のけなげさを橋本さんは写真と巧みな解説で伝えてくれるのだ。1年を通して10日に1回ぐらい、種差海岸のマップに旬の花や風景の写真とコメントを貼っているのだが、いつものように作業をしていると、毎日のようにはっちに来ているという一人暮らしのおばあさんから「この写真を見るのが楽しみなんだよ」と言われた。「今度、バスに乗って種差に来てみない?」と誘ってみたけれど「行くのも帰るのも大変だから、ここで見ていたい」と言われたそう。「そういう人もいるんだ。これでいいんだ」と思い、嬉しくなった。
 はっちが開館してから休むことなく続けた「わの会」の活動も2017年春、一旦終止符を打つ。しかし、これからもずっと種差海岸と鮫町での植物の探求は続いていくだろう。それが生活の一部になっているのだから。

取材に応えてくれた方

橋本芙美子(はしもとふみこ)/プロフィール

1945年樺太生まれ。植物観察「わの会」代表。財団法人 日本自然保護協会 自然観察指導員。趣味は編み物で、講師をしたこともあるほどの腕前。はっちでは、種差海岸をイメージしたレース編みの展示会を画家の妹さんと開催した。

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取材と文

松橋広美(まつはしひろみ)/プロフィール

八戸市生まれ。40代。はっちスタッフ。Aラインの形が好き。柔らかくて丸いものが好き。布や紙、本などで手触りのよいものを集めがち。活字が苦手。


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