No.2
命あるものをあるがままに受け入れる ~南郷ドッグラン物語~
わが子への愛は、生きとし生けるものへの愛へ。
すべてを受け入れながら、母と子は少しずつ
犬と愛犬家の安らぎの場をつくり続ける。
川向あゆみ
取材・文 上野幸
「命あるものをあるがままに受け入れる ~南郷ドッグラン物語~|八戸88ストーリーズ」をシェア
その人は今日も優しい眼差しで犬達を見つめる。八戸市南郷にあるドッグラン「てくてくピクニック」管理人の川向あゆみさんだ。川向さんはドッグトレーナーの資格を持たないが、彼女が運営するドッグランには、八戸市近郊はもちろん、週末ともなると、盛岡市、弘前市、むつ市などから、毎週のように多くの愛犬家が集まってくる。利用者の多くは、愛犬が心地よく過ごせる環境を気に入るリピーターばかり。弘前市から月に1~2度利用しに来るという男性は、「圧倒的に他のドッグランと違う。川向さんが犬同士のトラブルを回避するなど、常に場内をコントロールしているので安心感がある」と、彼女のドッグラン管理の素晴らしさを認める。
ドッグラン内における川向さんは、小さな「ひと手間」をかかさない。初めてドッグランを訪れた犬には、無理なく場内にいる犬たちに馴染めるよう、犬の挨拶の手助けをする。また、同じような年頃の犬同士を遊び相手に紹介したり、訪れる犬の性格や相性を把握し、トラブルが起きた際にはすぐに仲裁に入る。「すべての犬が楽しい時間を過ごしていってくれるように」そんな彼女の優しさが、ひとつひとつの行動に滲み出る。
飾らない人柄と明るさで、毎日、大好きな犬達と触れ合い過ごす川向さん。しかし、今の笑顔の裏には、深い憂いの月日がある。
9年前、当時13歳だった長男が「死にたい」という言葉を繰り返すとともに不登校になった。『アスペルガー症候群』と診断され、悩みと焦りの中で川向さん親子はもがき苦しんだ。ある日、医師が言った。
「彼は、もう既に今も頑張っているんだから、これ以上頑張らせちゃならないんだよ」。涙が止まらなかった。辛い思いをしている息子に対して何も出来ない、してあげられない絶望と、息子の悲しみを痛感しての涙だった。
それ以来、根本的に彼を助けてあげることは出来ないかもしれないけれど、母として自ら明るく強く生きる姿を見せつつ、できるだけ楽しい時間を共にすることをずっと心がけてきたという川向さん。息子を、ありのまま受容する姿に母親の強さと覚悟が見えた。
現在、彼は22歳を迎える。今も、対人恐怖症から自宅から出ることもままならないが、時折、ドッグラン内の草刈りや、設備の修理などを手伝ってくれたりして川向さんを支えてくれるのだとか。いつか、彼の生きがいが見つかり、社会に輝ける場所があることを祈りながら、「その時」が来る日を2人で待ち続ける。
息子や、様々な犬たちとの関わりの中で培かわれてきた川向さんの「命あるもの」への愛情は、今、保健所に収容される犬達に向けられている。ドッグラン運営の傍ら、青森県動物愛護センターへ正式にボランティア登録し、殺処分寸前の犬を引き出し里親を探すボランティアにも励む日々だ。
「ドッグランに連れてきてもらえる幸せな犬がいる一方で、捨てられ、死ななくてはならない犬がいるのはどうしてだろう」そんな思いから、これまで4頭の犬を引き取り、そのうち2頭は無事に新しい里親家族のところへと引き渡してきた。
「もっと多くの人に保護犬を飼うという選択肢を持ってほしい。世の中、完璧なものを目指しすぎなのかなと。病気があろうが、老犬だろうが、雑種だろうが、ちゃんとお世話をすれば本当に可愛いものですよ」と話す川向さんの眼差しは、深い慈愛と使命感に満ちている。
ドッグラン「てくてくピクニック」が、たくさんの愛犬家から愛される理由。それは、川向さんの人柄以上に、人生を歩む中で得た『命あるものを否定せず、全てをそのまま受容する姿勢』が場内に溢れているからかもしれない。最後に「私、実は1年前からオカリナ教室に通っているんです。」と、教えてくれた川向さん。
「オカリナってなかなか難しい楽器なんですよ!全然上手くならない」と笑いながら話す彼女に、練習している曲目を聞いてハッとした。ビートルズの「let it be」"あるがままに――――" 。
陰影の深い人生の道のりを歩いてきた人の、辿り着いた答えがその言葉に集約されている。
取材に応えてくれた方
川向あゆみ(かわむかいあゆみ)/プロフィール
1967年岩手県種市町生まれ。自身が飼っていた大型犬の運動不足を解消しようと2005年に階上町でドッグラン「てくてくピクニック」を開設。2011年に現在の八戸市南郷に営業場所を移し、今年、12年目を迎える。
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取材と文
上野幸(かみのみゆき)/プロフィール
2014年度より、デーリー東北新聞社の市民記者としてボランティアの立場から身近な話題をすくいあげ取材・執筆を行っている。執筆のモットーは、目に見えない、声にならない思いを汲み、読み手に温かい気持ちを届けること。1975年生まれの41歳。