No.37

見返りを求めぬ心

だれかのためになる喜び、だれかの夢を支える喜び。
モノから得るのではなく、人の心が通じ合う経験こそが、
時代に関わらず、本当の「生きる喜び」をもたらす。

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上田祥悦
取材・文 室谷楓香

 (今の自分には、感謝の気持ちを持つことが出来ているだろうか・・・)
 対泉院の住職さんは、「今の人は感謝の気持ちがなくなった」と私に伝えてくれた。私はどうだろう、そう自問しながら、家路についていた。
 
 線香の香りが広がっている。心が落ち着く畳の部屋に、職員室で見かけるような重厚な固定電話。やさしくお茶を勧めて下さった対泉院のご住職、上田祥悦さんは、その昔八戸が見舞われた飢饉や、大賀ハスのお話に触れながら、「感謝の心」や「道徳心」について、私にゆっくりと語ってくださった。
 特にハッとさせられたのは、「世界で一番貧しい大統領」と言われた、ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の「日本人は本当に幸せですか?」という問いかけについての話だ。住職さんは「昔は物がなくても、人々が助け合い、心が豊かだった。それにひきかえ、現代は物がたくさんあるけれども、助け合うことを忘れ、心が乏しくなってしまった。」と嘆いた。実際、そうかもしれない、と私は思った。
 昭和26年、千葉県の東京大学検見厚生農場内で進められた古代ハス(大賀(おおが)ハス)の実の発掘作業に八戸の穂積組(現:穂積建設工業(株))の三代目社長・穂積重二さんが無償の協力を申し出たことで3粒の実の大発見につながり、この発見に八戸に関係する人々が携わっていた縁で大賀ハスは是川の清水寺に植えられたが、湧き水が冷たくて枯れたため、翌年、対泉院に移植され、2千年前の命が美しい花を咲かせた。穂積社長の見返りを求めずにハスの復活を信じて尽力した心意気が生んだ奇跡と言えよう。
 また、天明の大飢饉の折にはヤマセによって作物が実らず、八戸では多くの餓死者が出たという歴史がある。そのため対泉院には、天明の大飢饉で亡くなった方を供養する塔が建立され、そこには「日頃から備えること」「困った時は食べものを分け合うこと」などの教訓を後世に伝えている。当時の人たちの切なる願いがその碑に込められている。
 どちらにもその根底には、見返りを求めることのない「愛」があると感じた。
「現代にあっては、たとえ家族と一緒に住んでいても、孤独に苛(さいな)まれている高齢者もいるのではないのだろうか。『道徳心』があれば決して起きることのないであろう、親殺しや通り魔殺人など、ショッキングな事件も起こっている。世界の国々は、いかに経済的に豊かになるかどうかを中心に動いているようにも見える。」住職はそう語った。私自身も、家での手伝いや、誰かを助けたことに見返りを求めたことがない訳ではない。
 そう考えれば考えるほど、先ほどの「日本人は本当に幸せですか?」という、住職がムヒカ大統領のエピソードを引用して私に問いかけたことが、私の中で大きくなっていくのを感じた。

 ・・・寒空の下、私は家路についている。住職さんが仰った「今の人は感謝の気持ちがなくなった」という言葉を思い返すたび、私には現代の社会が冷たいものに感じたが、それでも前を向いて生きていかなければならない。夢に賭けた先人や、大災害の教訓を後世に活かして欲しいと願った昔の人々に思いを馳せることが「感謝」なのだとすれば、「道徳心」や「感謝の心」が溢れる、温かい社会にしていかなければ、と強く思った。
 時に任せず、皆で春を。

取材に応えてくれた方

上田祥悦(うえだしょうえつ)/プロフィール

1947年生まれ。駒澤大学を卒業後、大本山總持寺に3年数か月修行させて頂き、すぐ根城龍源寺住職を務めさせて頂き、平成3年7月に師匠の父親が亡くなり、龍源寺を退董して對泉院の住職を務めさせて頂いて、現在に至る。

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取材と文

室谷楓香(むろやふうか)/プロフィール

八戸高校1年生。山岳部に所属。趣味は絵を描くこと、特技はギター。美術と生物の授業、部活を楽しみに毎日生活している。それがない日は・・・とりあえず笑っていよう・・・。


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