No.72

海草をお菓子に ~「より藻」が生まれるまで~

磯の香りのする海藻のお菓子「より藻」は、
誕生して45年目となる、ふるさと八戸の味。
甘くてちょっとしょっぱい、より藻みたいなストーリー。

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舩場修
取材・文 佐々木彩子

 私が、このお菓子を知ったのは、今から40年前の昭和52年(1977年)である。青森県であすなろ国体が開催されて、現在の天皇皇后両陛下、当時の皇太子ご夫妻が来青された。民間の空港が工事中のため使用できず、海上自衛隊八戸航空基地に降りられて、庁舎でお休みになられた。そして、そこで勤務していた女子職員が接待することになり、私は、美智子妃殿下にお茶とお菓子を差し上げるように仰せつかった。粗相のないように緊張して高く掲げたお盆を運んだ時のドキドキした気持ちは、折角誂(あつら)えたスーツを事務服で、と言われ着られなくて残念だったこととともに、40年経っても忘れられない思い出になっている。
 その時にお出ししたお菓子がより藻だった。「より藻」とは白餡のようかんを昆布で挟んだ、海の香りがそこはかとなく漂う和菓子のことである。八戸の有名なお菓子だと知って、それからはお土産や来客用に買い求めるようになった。甘さとしょっぱさのバランスが絶妙で、お茶のお伴に最高である。そのより藻の製造元、創業92年の老舗、港むら福を訪ねた。3代目の舩場修さんからお話を伺った。
 より藻の誕生は昭和46年(1971年)2代目の父一廣さんの時である。八戸で冬季国体が開かれ、来八する高松宮殿下へ献上するために、教育者で考古学研究者の音喜多富寿先生から八戸らしいお菓子を作るように依頼された。職人たちと何度も試作を繰り返し、「より藻」を完成させた。高松宮殿下から菓子の名前を尋ねられた音喜多先生は、その場でより藻と答えた。より藻とは、やい風に吹き寄せられた海藻のことである。
 より藻に使う昆布は北海道産の、昆布巻きに使う早煮え昆布である。それの1等品を使っている。青森県には昆布だけで商売している人がいなくて、県産の昆布を集めることが不可能だからだ。一昨年どうしても1等品が手に入らなくて2等品を使ったところ、穴が空いていたり蒸したらボロボロになったり硬かったりして、良い製品が作れなかった。いまでは1等だけ仕入れている。しかし、年々昆布が取れなくなって、値段も高く、個売りにはしてもらえず、年に1回しか買えなくなっている。温暖化が影響しているらしい。1回に乾燥したものを20キロ買い、5キロずつ戻して仕込む、蒸らして水につけて4日、5日目にやっと仕込みに入る。店にあるお菓子の中で一番、手がかかる。
 受け継いだ時は、配合レシピだけで、コツもわからず、見て覚えるしかなかった。自分なりに良くしようと思ってやって、余計悪くなったこともあった。昆布を戻す時の容器の材質を変えたら、昆布の色が悪くなって、元の容器に戻した。羊羹も濃すぎると、糖化して結晶ができ、薄すぎるとカビが生えてくる。糖度計を使って安定させるようになって、日持ちがよくなった。一度包装を変えたら、お客様からすぐに電話があり、今は昔風に戻したが、中身は以前と違い、二つに切られていて食べやすくなっている。
 今お店の中には、新作を含めて40種類以上のお菓子が並んでいる。しかしその中でもやはり、昆布の独特の磯の香りを羊羹で楽しめるより藻はとても個性的だ。舩場さん自身、子供の頃はその良さが理解できず大嫌いだったそうで、罰ゲームみたいだった、と笑う。もちろん大人になった今は大好き。県外のお客様にも人気で、お土産などに喜ばれているそうだ。
 市民の皆さんに八戸らしい磯の香りのするこの個性的なお菓子をぜひ食べて頂きたい。歴史ある八戸を代表するこのお菓子がいつまでも続くことを願って、お土産に買って帰った。



取材に応えてくれた方

舩場修(ふなばおさむ)/プロフィール
1969年湊町出身、港むら福の店主です。日本菓子専門学校卒業後、菓子業界で頑張ってます。旅、落語、F1が大好き。小さな畑が初心者のオヤジです。

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取材と文

佐々木彩子(ささきさいこ)/プロフィール
昭和25年1月生まれ。海上自衛隊八戸航空基地で防衛事務官として勤務。退職後、はっちの開館時からボランティアガイドとなる。現在、さんぽマイスターデビューに向けて特訓中。

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