No.53
蛍の光が照らすもの
蛍の光がきらめくような豊かな自然を取り戻したい。
蛍が生息できる環境をつくること、それを目指して、
住民たちが後世に残したい誇りのために動いた。
小玉吉美
取材・文 澤村春音 清水輝大
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4月。丹精込めて育てた蛍の幼虫と、その餌となるカワニナ貝を勘助川に放流する。地元保育園から中学生までの子どもたちと大人たち、総勢100名ほどで行う、期待と感動の瞬間である。「元気で大きくなれよ」。放流の瞬間、みなそう話しかける。
白銀南公民館4代目館長・小玉吉美さんの6月は、コケを山から採集してくることから始まる。初代館長から続く試行錯誤の結果、スギの木に生えるコケが、蛍の卵を育むベッドに最も適していることを発見したからだ。15日頃からは、蛍ボランティアの皆さんと交代で、毎晩21時ころまで夜間観察を行う。4月に放流した幼虫は、毎年その頃元気に飛び始めるのだ。去年は16日に初飛翔を観測。その日からその周辺の外灯には、蛍に明るすぎないよう、フードがかぶせられる。その日、蛍は何匹飛んだのか。天候は、気温は。毎日欠かさず詳細を記録している。
7月。繁殖のための蛍を捕獲し、こだわりのコケとともに飼育箱に入れる。卵が産みつけられたコケには、乾燥を防ぐため、毎日霧吹きを吹きかける。去年、そうして孵化したのは、多い日で1日935匹、8月17日に生まれなくなるまで、合計3180匹だった。
体長1ミリメートルほどの幼虫を、寿司などによくついてくる魚型をした醤油さしで1匹1匹ていねいに吸い取るという方法で数を数えるのも、館長の大事な仕事のひとつだ。この作業に2時間以上かかってしまうことだってある。餌のカワニナ貝は、そのままだと赤ちゃんの口には大きすぎるため、食べやすいように館長が毎日小さく切り刻んで与える。この期間ももちろん、天候、気温、水温、すべてのデータを毎日欠かさずとり続けている。
岬台、白銀、大久保地区の真ん中に位置する勘助山。そこから流れる小さな勘助川周辺には、昭和30年代まで多くの蛍が生息していた。しかし時代とともに川が汚れ、平成に入ってからはほとんど蛍を見ることはできなくなってしまったという。そんな中、平成7年、「蛍が住めるきれいな自然環境をもう一度復活させよう」と、白銀南公民館開館にあわせて「蛍の里づくり推進委員会」が発足した。蛍が生息できるためには、まず何より水がきれいであることが条件となる。委員、ボランティアなど地域住民が協力して、勘助川周辺を徹底的に掃除した。木炭を落として浄化を試みたり、そこに本来生息する微生物のバランスを整える「EM菌」を混ぜ込んだ泥団子を白銀南中の野球部員に投げ込んでもらったりした。その甲斐あって、現在では水質検査でAAの評価を得るまでになった。これは、水道水に劣らないほどのきれいな水質ということだそうだ。
「ここで飼育しているゲンジボタルは、日本固有のもので珍しいんですよ」と小玉さん。ほとんどこの地域では見ることができなくなっていた蛍だが、今では時期になると、ある一定の時間にたくさんの蛍が一斉に光り始める。他の種に比べ体が大きく、強く長い光を放つのがゲンジボタルの特徴なのだそうだ。
「蛍にはお腹に6節あって、メスより小さい体のオスは5、6番目の節が光る。なので、強く鋭い光り方をします。それに比べて体の大きいメスは5番目だけ光るので、淡い感じの光り方になって、いやあ、これもまたいいんですよ」。館長になるまで、蛍の違いについて見当もつかなかったという小玉さんだが、今では日本に生息する蛍の種類、性質など、質問すればなんでも答えてくれる、さながら専門の研究員のようだ。
「蛍は純粋にとてもキレイで、親しみを感じる生き物。その蛍が住める環境を考える、ということは、この地域の自然環境を考える、ということ。白銀南小の広報委員会が後世に残したい白銀南地区のものは何?のアンケートを、児童・保護者・先生に行ったところ、蛍の里という回答がダントツで多かった。漠然と、自然を大切にしよう!と言うだけでなく、蛍を大切にする体験を通して、この地域の環境に触れ合い、自然について考えてほしい。それが、この地域の誇りでもあるから」と小玉さんは話す。
現在、ゲンジボタルを見ることができる住宅街は、全国でも大変珍しいそうだ。白銀南地区で小玉さんをはじめとした多くの住民たちに守られているゲンジボタルは、ともすると聞き逃してしまう些細な自然からのメッセージを、人々の心に届ける翻訳者にもなっていた。
取材に応えてくれた方
小玉吉美(こだまよしみ)/プロフィール
1953年生まれ。平成26年4月から八戸市立白銀南公民館で館長。白銀南公民館協力会「ホタルの里づくり」推進委員会委員・環境ボランティア事務局として、日々ホタルの住める環境づくりに尽力している。
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取材と文
澤村春音(さわむらはるね)/プロフィール
八戸高校1年生です。文芸部に所属しています。趣味はアニメを見ることと読書することです。幼いときから東北史に興味があったので今回、白銀南公民館に取材させていただきました。
清水輝大(しみずてるひろ)/プロフィール
昭和58年10月17日、貯蓄の日生まれなのに全然貯金が貯まらない。北海道出身。趣味はロードバイク、現在の愛車はBMC。片方だけ刈り上げた髪型をいつも必ず「おかしすぎるだろその髪型」と大地球さんがいじってくれるのが実は嬉しい。