No.34

思うがままにならない海とともに

海とともに生きる人々の気概と思いがつくる海の風景。
厳しさと向き合いながら、海の恵みを甘受する営みが、
八戸らしいハマの文化をみずみずしく育んでいく。

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深川修一
取材・文 吉川由美

 深川修一さんのご自宅は淀の松原越しに太平洋を臨む種差海岸のそばにある。燃料店を経営しながら漁を営む深川さんには「漁業士」という肩書きがある。漁業士とは漁業を支える人材を育て、地域振興を担う優秀な漁業経営者で、青森県が認定するリーダーである。深川さんは、20年間にわたる銀行務めを経て、本格的に漁業の道に入った。今は漁業を通し、南浜や鮫地区、ひいては八戸、青森県を元気にしようと多彩な活動に忙しい。
 サケ漁に鮫浦港を出港するのは午前2時。仲間たちと八戸・深久保沖で漁をし、朝7時の競りに間に合うように帰港する。風向きや水温や潮目・・・など、日々異なる条件に対応しなければならない。深川さんにとって定置網は我が子同然だ。魚が入るように、定置網を常に管理することが大切な仕事なのだ。
 漁は、今日獲れたからといって、明日獲れるとは限らない。それがおもしろいところでもあり、つらいところでもある。自然は人間の思うがままにはならない。海が時化れば船を出すことさえできない。台風が来て定置網がめちゃくちゃに壊れ、40日も漁ができなくなったこともある。
「林業の人の伐採は30年に一度でしょ。だからおおらかになる。漁師は少々の時化でも、出漁する。せわしないよね。」
そう言って笑う深川さんは、いたっておおらかに見える。
 漁のないとき、漁師たちは浜に巨大な網を広げ、手入れに追われる。巨大な網に絡みついた海藻を手でそぎ落とし、ほつれた網を修繕する。それは、きわめて繊細な仕事だ。漁師それぞれの性格が思わず出てしまうという。海の上での漁師の仕事は重労働で荒々しいが、陸(おか)に上がれば細やかな作業の連続なのである。
 漁師たちが陸(おか)で作業にいそしむ姿は、八戸のハマらしい風景を作り出す。そして、それは人間という生きものを含めたハマの生態系の維持につながってきた。種差一帯の防風林・魚付林も大正8年に地域の青年団が植えたものだと深川さんが教えてくださった。荒々しい磯や波が押し寄せては引いていく砂浜、その間に人為的な林や穏やかな風情の港、そしてよく手入れされた神社が点在する。この地に暮らしてきた人間たちと自然が、ともに創り上げたとびきり美しい風景が八戸のハマには延々と続く。
 海のそばに住み、海に関わりながら地域を大事に守って生きている人たちに与えられる権利があると深川さんは語る。漁業権である。その厳しさと向き合いながら生きる人だけが甘受できる、かけがえのない恵みなのだ。
 資源保護のために漁の時期はきびしく監視されているが、彼らはウニやアワビなど貴重な海の恵みを獲ることができる。開口(くちあけ)の時期には、集落みんなで一斉にウニ漁をする日もある。この日は家族総出のにぎわいだ。それは久々にみんなが顔を合わせて共同作業を行う地域の大切なコミュニケーションの場でもある。みんな使命感で出てきているかもしれないねと深川さんは笑った。漁はお金を稼ぐためというより、コミュニティの結束を確かめ合ったり、浜や港を維持する場、次世代へ引き継ぐ場として、大きな役割を果たしているのだ。
 海に見えない境界があるように、ハマに住む人たちの間には見えないルールがある。人間の力が及ばない海の脅威を身をもって知る人は、たとえそれがいかにわずらわしかろうと守らなければならないことを知っているのかもしれない。
 大海原に出て、海と格闘する深川さんの目には、人と海との深い関係がよく見えているに違いない。「八戸は魚のまち。平成28年度は230億円の水揚げ高を誇っている。八戸の景気はハマに聞け、という言葉がこのまちにはあるんだよ。」と彼は誇らしげに語る。
 健康維持にも優れた魚食を復活させて行くことが、漁業者の元気につながる。そして、漁師たちが元気でなければ、八戸のハマの風物を維持することもできなくなる。
 深川さんはそんな思いを胸に、今日も海に向かう。

取材に応えてくれた方

深川修一(ふかがわしゅういち)/プロフィール

八戸市鮫町で燃料店を経営するかたわら、自ら海に出て定置漁業を営む。三八漁業士会会長、八戸市南浜漁業協同組合組合長として、八戸市の沿岸漁業の振興に取り組んでいる。八戸地区危険物安全協会会長も務める。

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取材と文

吉川由美(よしかわゆみ)/プロフィール

はっち文化事業アドバイザー。オープン前から、はっちを拠点に繰り広げる「はっち流騎馬打毬」や「魚ラボ」など、さまざまなプロジェクトのディレクションを担当。アートディレクター・演出家として、東北各地で活躍中。


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