破稿について

『破稿 銀河鉄道の夜』は1996年、兵庫県立神戸高校によって初演され、同部の上演で翌年の全国高等学校演劇大会に出場した。この上演を残念ながら見ていない。当時演劇部顧問１年目の私にとって全国大会なんて夢のまた夢の夢であった。私が拝見したのはいるかHotel東京公演（1999年、下北沢駅前劇場）のビデオ。ボロボロになるまで繰り返し観た。阪神淡路大震災の後、多くの優れた作品が生まれたが『破稿』ほど見事に泣ける芝居を他に知らない。コーチとして指導に当たった谷省吾は稽古中、部員に向かって言ったという。「お前たち、この芝居をあの人たちに見せられるのか？」。指さす先の格技場は被災直後で避難所となっており、家や財産や、あるいは家族を失った方々が身を寄せ合っていたのだ。この言葉が部員たちの胸に刺さって、名作が生まれた。

　5年前、ある高校演劇の大会で、ある審査員から信じられない言葉を聞いた。
「（審査員同士の話し合いで）もう震災モノはいいんじゃないの？ってハナシになったんだけどさ」興業的に「震災モノ」（この言い回しにも反吐が出る）がもう当たらなくなったから、というギョーカイの事情みたいなのが多分あったのだろう。しかし、それにしてもこんなことを公の場で堂々と口に出しても恥ずかしくない世の中になったのか。この原稿を書いている最中に関東の高校生が東日本大震災の遺族を侮辱する動画をUPし、騒ぎとなった。怒りよりも、ただただ愕然とする。馬鹿がうっかり悪ふざけのネタにしてしまえるほど、震災は風化してしまったのか。

　だから『破稿』が上演され続ける意義は計り知れない。

　『破稿』は阪神淡路大震災に限らず、ある日突然命を奪われたすべての人々への鎮魂歌である。『破稿』は愛する者を失っても生き続けなければならない人々への渾身のエールである。東日本大震災で津波による大きな被害を受けた八戸市で上演されることを、演劇人として、県民の一人として、有り難いと思う。迷わずはっちに足を運んで欲しい。失われた命について考えることは、今を生きるということだ。演劇は考え、体験するメディアである。谷省吾といるかHotelによって語り続けられる物語は、何にも代え難い貴重な体験となるだろう。