展示

東北の刺し子と野良着展 THE 襤褸 11月26日(土)〜12月4日(日) はっち市3丁目ギャラリー3

「襤褸」見慣れない文字だが「らんる・ぼろ」と読む

近頃では「ぼろ」といっても見たこともないし、当然着たこともない、言葉さえ知らない人も多くなったと思うが、つい数十年前まで遡っただけで「ぼろ」が生きていた時代がそこにある。

「刺し子」は、布の補強と保温を目的に、布を複数枚重ね合わせて刺し縫うもので、特に本県を含めた北国、東北地方の仕事に目を見張るものがある。

綿の栽培ができなかった北国では、麻などの草や樹皮の繊維でできた布しかなく、衣服を調達することは「衣・食・住」のなかでも極めて困難であったことが窺える。そういった布を、少しでも暖かく、さらには強くしようと始まったのが「刺し子」である。

様々な刺し子

はじめは穴のあいた部分や擦り減った部分に継ぎ接ぎをしたりするに過ぎなかったのだが、後年その技法は実用を越えるまでになり、美しさや技量を競い、農民たちの晴れ着として、見るものを魅了するまでになった。

本展では、「日本三大刺し子」といわれている「南部菱刺し」「津軽こぎん刺し」「庄内刺し子」を中心に、庶民の衣服としての刺し子着と野良着、裂織(さきおり)などを通して、布を大事にしてきた先人たちの「苦労と知恵」さらには「もったいない美学」をも感じていただけたらと思っています。

展示に際し、「南部菱刺し」を西野こよ氏に「津軽こぎん刺し」を佐々木高雄氏にご協力頂きました。

佐々木良市 (蒐集)

庄内刺し子

「庄内刺し子」は山形県庄内地方周辺で行なわれていた刺し子技法です。「南部菱刺し」や「津軽こぎん刺し」と異なり、この地域で比較的手に入りやすかった上方からの古手木綿の布を、白木綿糸で布の繊維の目を拾うことなく縦、横、斜めへと刺し綴る。したがって文様は多種多様である。長着や半纏、袖無し、股引、前掛けなどに独特な文様構成がある。

津軽こぎん刺し

「津軽こぎん刺し」は、青森県の日本海側(旧津軽藩)での刺し子技法で、弘前市東部の「東こぎん」、西部の「西こぎん」、金木周辺の「三縞こぎん」の種類がありそれぞれ特徴のある菱の文様が構成される。濃紺の藍染めの麻布に白木綿糸で刺し綴るのだが、南部菱刺しとは対照的に奇数率で目を拾いながら刺し、菱の文様は縦長となる。長着や短着の背と前身頃部分に緻密な文様を展開している。

南部菱刺し

「南部菱刺し」は、青森県の太平洋側(旧南部藩)、八戸を中心とした上北、三戸地方周辺で生まれた刺し子技法です。麻や木綿の布を重ねて、布の経(たて)糸の眼を偶数率で拾いながら、木綿の刺し糸で綴り文様を菱形で構成していく。菱の文様は横長になる。布はおもに浅葱色、刺し糸は白や黒、明治以降は色鮮やかな毛糸なども使用した。三巾前垂れ、菱刺し着物(短着)、股引(たっつけ)などに美しい菱の文様を見る事ができる。

襤褸刺し子

厳しい野良仕事で破け、摺り減った衣服は、布をあてがい刺し綴る。何枚も何枚もツギを当てられ、さらに強く暖かくなる。

糸目やツギハギの妙味は味わい深く、無作為のテキスタイルアートとして今や世界の注目を浴びている。