はっち魚ラボアーカイブ展、もうご覧いただきましたか?
カテゴリー:写ギョ
はっち魚ラボアーカイブ展、もうご覧いただきましたか?
写真家田附勝さんが、8カ月にわたり、種差海岸の周辺に点在する漁港を中心に、人と魚、人々の暮らしに密着して撮影した160点の写真たちが、展示されています。題して「魚人」。
会場の写真の魚の目が人間をにらみ、何かを叫んでいるようです。怪獣のような魚の肌。その生気は、人を飲み込んでしまいそうなほどです。
一方、ひとり大海に出、漁をする男達の時間も臨場感たっぷりに伝わって来ます。見渡す限り海は広がり、大きくうねっています。風の音、船が波を切る音、船のエンジン音。漁師たちは、海から魚をあげ、魚たちはあらん限りの力で身をくねらせ生き延びようとしています。
東日本大震災で大きな被害を受けた八戸の海岸線。大久喜地区ではすべての船が流されました。南浜の古老は、「もう漁業はだめだ。」とぽつりとつぶやきました。屈強な海の男の悔しさが、その一言ににじみ出ていました。それは、漁師たちが海で格闘する力強くエネルギッシュな時間や、ハマの人々の心豊かな暮らしが今も脈々と存在することを、だれも知らない、知ろうともしてくれないことへのくやしさと苛立ちだったのではないかと思うのです。
田附さんの写真を、その古老に捧げたい。私は写真展を見て思いました。
展示された大小さまざまな写真を見つめていると、人の力が決して及ばぬ海という異世界から現れた異形の怪物と人間との格闘の姿が見えてきます。そこに映った人の姿は、鳥や魚たちのように、まさに自然の一部なのです。大自然の前に人は無力になるときがあるということを受け入れながら生きる人々の強さと美しさが、くっきりと浮かび上がってきます。これこそ古老が、人々に知ってほしかった彼らの本当の姿なのではないのかと、私は思ったのです。
肩まで水に浸かりながら磯場で海藻を採る女性たち。その海藻を選別し、ちょうどいい具合に天日干しして、4時間ぐつぐつと煮込み、その液を漉して固めトコロテンを作ったりもします。手間暇のかかる共同作業です。
ウニの開口日には、集落総出でウニを獲り、丹念に身を取り出し、収益の一部はみんなの港、浜の維持管理に充てられます。小学校には浜を清掃する伝統が継承されています。
田附さんの写真には、集落の人々が力を合わせるそんな姿もとらえられています。それは縄文の昔から人間達が営々と続けて来たことにちがいありません。
大久喜地区には畑もありました。浜の人たちは魚介だけで生計を立ててきたわけではありませんでした。自家用の野菜や豆、雑穀を育て、森林を手入れし、それらを加工して販売したりもしてきました。海が荒れて出られない日が続いても、寒冷な日が続いても生きられるように、人々は多角的な生業を営んで来たのです。
田附さんがとらえた家々の台所や食卓には、その背景にある人々の地道な作業や隣人達との会話や笑い声、太陽や雨や風までが感じられるようです。
写真に焼き付けられた「獲る、殺す、育てる、調理する、集まる、食べる、感謝する」人間の姿。その後ろに、決して人の力が及ばない自然への畏敬の念が見え隠れします。そしてその怖さを知っている人間のしたたかさを見せてくれます。これこそが、北東北の文化のバックボーンです。
日本中、東北中が、判を押したように景観も祭りも均質化していますが、一見産業都市の顔をしている八戸では、さまざまな場所で、独特の香りを発する地の文化に遭遇します。
たとえば、冬のえんぶり、夏の三社大祭。どちらもコミュニティの人たちが自分たちの手で継承して来ました。巨大な山車の製作も業者任せにすることなどありません。日本に3つしか残っていない騎馬打毬のひとつ加賀美流騎馬打毬も、民間の人たちが馬を飼い、道具と技を継承している。京都中心に語られるメインストリームの日本とは異なる風土の中で、育まれた固有の歴史と文化が、コミュニティの人々の手で、今も生き生きと伝えられているのです。
田附さんの写真が雄弁に発するエネルギーこそ、自然のただ中で生かされている私たち人間にとって、失ってはならない普遍的なものなのではないかと思います。
林業に携わる人たちは樹齢400年の木を育てるために、世代を継いで森を創っていくといいます。400年後にも、400年先のことを考え得る人たちを育てているのです。
東北が東北として、八戸が八戸として、千年後にも本当の意味で豊かで幸福な暮らしを伝えるために、八戸の人たちは今、日々の暮らしの中できわめて大切なことを未来に伝えているのだと思います。
田附勝という稀有な才とチャーミングな人柄を持つ写真家の仕事によって、私はそのことに気づかされました。
田附さん、ハマのみなさん、本当にありがとうございました。
田附さんの撮影はこれからも続きます。ぜひこれからも引き続き、ご協力をお願いします。
はっち魚ラボアーカイブ展は2月22日まで。どうぞお見逃しなく!
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田附さんの撮影に同行し、一心不乱にウニむき作業まで手伝った魚ラボ事務局のアートコーディネーター 今川和佳子なしに、「魚人」は生まれませんでした。
今川さんをツアーコンダクターに、2月11日11時から、ギャラリー2から展覧会ツアーを行います。ぜひみなさんご参加ください。撮影秘話やハマでの出会いについてお話ししながら、みんなではっち魚ラボアーカイブ展を改めて味わいましょう。
はっち魚ラボ ディレクター 吉川由美