No.8

南部菱刺 ~女たちから女たちへ受け継がれる心~

女たちから女たちへと伝えられたのは文様だけではなかった。
たくましくあたたかく美しい、南部女性の魂は、
身につける相手への愛とともにひと針ひと針受け継がれていく。

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伊藤二子
取材・文 高森栄子

 菱刺しを初めて見た時、思わずすっと手が伸びた。南部の菱刺しには、静けさの中に美しさがある。
 菱型の中にキジのあし、そろばん玉、べこの鞍...と麻の布に糸で模様を刺している。生活に根ざしたもの、自然のもの、名前は様々だが、どれも布の目を数えながらの手仕事に、気の遠くなる時間を思う。
イメージを膨らませていくと、どうしても分からない事があった。私の頭の中の針を刺す女性の姿は、朝から晩まで働き、疲れた体とささくれた手で古くなった布を丈夫に、温かくするために糸を刺さなければならない。五センチの模様にも一時間はかかるのに、野良着や前掛けを仕上げるのは容易なことではなかったであろう。生活に追われ、家族を支える女性の心の中に強さと寂しさを感じずにはいられない。
 なのに何故こんなに沢山の模様と、美しさがあるのだろう?耐えて、頑張るだけの日々。考えてみるが、つなげる事ができない。私の疑問に二子さんが答えてくれた。

 時はさかのぼり、二子さんがこどもの頃のお話。
 朝の5時。二子さんが母のお見舞いに弘前に通う汽車の中。着くのはお昼過ぎるからと、布を取り出した。
「そこはこうするの」
聞いた事のない突然の声に顔を上げると、ガンガラのお母さんが手元を見ていた。急の事で、鉛筆も紙も持ち合わせていない。慌てて布に針を刺した。話は進み、針の研ぎ方や刺し方のコツも教えてくれた。きっと、二子さんの刺していた模様も評判だったのではないだろうか。薄暗い汽車の中が一気に華やぐ。
「家の中だけではこんなに覚えられなかった。」と言う。
人と人とのつながりで、糸がどんどん布に縫い込まれていく。初めて会う者同士が手仕事で打ち解け合い、言葉が、模様になっていく。見せてくれた菱刺しの画集には、400もの模様が絵のように並んでいる。今なら写真でパチリだろうが、自分で見たもの感じたものが財産だった頃
「覚えてるんじゃないの。私の中にある本物が出てきているだけなの。」
と、二子さんが語る言葉の意味が分かる気がする。
私の心を見透かしたように二子さんが画集のあるページをしめして続けた。
「結婚式にお婿さんが着たのよ。」
と、見せてくれた本には肩や袖、裾にびっしりと菱刺しが刺してあった。これから一家の長になる息子の晴れの日にと母親が刺した。想いのこもったあたたかい菱刺しが写っていた。それは寂しさや我慢ではなく、少しでもいいものをという、母親の想いのあふれるものだった。これからあるであろう苦楽に心を寄せながら刺した、みしらぬ母の気持ちが古い写真から伝わってくる。菱刺しは、布を大切にするわざであり、長い制作時間だけ思っていたわたしは間違いだらけだったのである。
「我慢や努力だけで続くものじゃないの。愛情がなくっちゃ。」
という二子さんの当時の生活や仕事をきけば、とても菱刺しをしている時間など見付けることができない。
 母へ贈ったという数十年前のマフラー。昨日刺したのかと思うほどの濃い緑と茶の糸。縦にも黄色の糸が入っている。再現できないのではないかと思うほどの毛糸で刺した複雑な模様の菱刺しを前に二子さんがつぶやいた。
「もっといいものが贈れたんじゃないか。」
まだまだ上にある美しさへの探求心と、伝わるあたたかい想いがこの言葉にこめられているのではないか。糸がほどける感覚に包まれた。
 菱刺しは美しい。
きっと、形は変わってもこれからもこの想いは八戸の人の心に続いていくのだろう。

※ガンガラの母さん...魚を入れたブリキの缶を背負った行商の女性。



取材に応えてくれた方

伊藤二子(いとうつぎこ)/プロフィール
1926年生まれ。八戸の造形作家。三日町の伊吉商店で生まれ育つ。小学校の教師を務めた後、1950年代からパレットナイフを使って絵を描き始める。絵画の他にも菱刺しや南部裂織などの制作も行い、特に菱刺しは新しい図案の考案などもしていた。/p>

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取材と文

高森栄子(たかもりえいこ)/プロフィール
40代。二児の母。最近家庭菜園を始めて、少しずつ野菜の種類を増やすのを楽しんでいる。いつか、庭を作って園芸にも挑戦してみたい。

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