No.86

版画がくれた希望

多様な個性が集まって奏でるハーモニー。
思いを伝える喜びは、やがて生きる力になる。
鮮やかかつ自由な表現は、見る人の心を動かす。

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坂本小九郎
取材・文 寺下友

 力強い線と繊細な描写が入り混じり、白と黒で表現される版画作品。
 昭和30年代から50年代に八戸市内の中学校において、一人の美術教諭によって指導された版画作品は、年月を経た現在でも多くの鑑賞者に語りかけている。
 私がこれらの作品を初めて目にしたのは、今から4年前。八戸市美術館のコレクション展開催時である。題材は、「働く人」や「うみねこ」、「船」、「海で生きる漁師たちの物語」など、身近なものに焦点を当てているが、作者である子どもたちの視点は様々。中学生という多感な時期の彼らの表現とともに歩んできた指導者の存在を感じずにはいられない。
 「私は教育において版画その物は作品ではないと思う。教育は、皆と一緒に作業を行い、刷りの段階で絵柄が反転したことに驚き、思いを込めた版画を多くの人に届け、人と人が暖かくつながっていくことなど、教師が子どもたちに贈る体験である。したがって、版画はいわば足跡のようなもの。」市内の各中学校で版画指導にあたっていた坂本小九郎氏は、当時の思い出を振り返りこう話す。1970年代、坂本氏は八戸市立湊中学校で養護学級(特別支援学級)を担当。当時は障がいを持つ子どもたちに対して今ほど理解が進んでおらず、少年・少女たちは偏見や差別に苦しみ、自信を喪失していた。そのような中で取り組まれたのが、版画における協同制作である。
 「一人の生徒の作品ではないため、よく見てみると稚拙な表現もあるが、多様な個性によって奏されたハーモニーのように響き合っている。いろんな表現が集まって、みんなでひとつの画面をつくりだしている。」1975年に指導した縦1メートル×横2メートルの巨大版画「虹の上をとぶ船 総集編Ⅰ」を眺めながら氏は語る。4枚の大型版画から構成される本作は、1枚につき3~4人の生徒が制作。はじめは四つ切の画用紙サイズの版画を彫っていたが、大きい作品に挑戦したい欲求が強まっていったとのこと。作品は文化祭などで発表し、多くの人の目に留まった。次第に子どもたちは自信を取り戻し、校内で一番明るい教室となったという。
 「私は人と人を暖かくつないでいく子どもたちの版画を通して多くの人と出会った」と坂本氏は感慨深く話す。「(版画教育の先駆者である)大田耕士(おおたこうし)先生の仰るとおり、版画はたんぽぽの綿毛のように風の中をとぶ種子のようなものだ。」実際に子どもたちの作品は世界を回り、各地で人々の心に訴えかけ、国際的な作品の交流なども行われた。
 特別展 教育版画展「虹の上をとぶ船」(2017年2月4日~3月20日)は八戸市美術館で行った最後の展覧会である。美術教育において最後に残るのは造形作品であるが、これらの制作を通して、少年たちは社会を見つめる大きな眼を養う。また、時には下絵を描き、板を彫り、ズレないように細心の注意を払いながら紙に刷るという複雑な工程を経て完成される達成感や、版画に込めた思いを伝える喜びが糧となり、生きる自信を取り戻す。
 版画教育には、色々な側面があるかもしれない。しかし、氏の指導の軌跡を辿ると、子どもたちが知らず知らずのうちに、一人の生活者として社会を生きていく力を養っていることに気づく。この「生きる力」こそ、情報が錯綜する社会の中に身を置く、現代の私たちとって希望となるかもしれない。



取材に応えてくれた方

坂本小九郎(さかもとしょうくろう))/プロフィール
1934年生まれ。秋田県生まれ。盛岡短期大学美術工芸科卒業。1956年より25年間八戸市内の中学校に勤務。80年から94年まで宮城教育大学で教鞭を執る。現在盛岡市在住。著書に『虹の上をとぶ船―八戸市立湊中学養護学級の版画教育実践』(1982年、あゆみ出版)『版画は風のなかをとぶ種子』(1985年、筑摩書房)などがある。

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取材と文

寺下友(てらしたとも)/プロフィール
1989年、八戸市生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒業。2012年より学芸員として八戸市美術館に勤務。学芸業務全般を担当し、現行の八戸市美術館で行う最後の展覧会「教育版画展 虹の上をとぶ船」を手掛ける。2017年より新美術館建設推進室に移る。

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