No.75

寅吉と賢治

13歳で時計店に奉公し、後に自ら時計店を創業した天文学者前原寅吉。
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の一節に描かれている風景は、
まさに前原時計店の店内に広がる小宇宙だった。

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前原俊彦
取材・文 堰端うらら

 前原寅吉。八戸生まれで、世界で初めてハレー彗星の太陽面観測に成功したことで有名だ。八戸が誇るべき人物の一人である。そんな寅吉について、寅吉の子孫である前原俊彦さんにお話を伺うことができた。
 「マエバラ」の創業者、前原寅吉の子孫である前原俊彦さんは、今なお続く「マエバラ」の三代目の社長さんだ。俊彦さんは、寅吉について、ご自身で調べられたのだそうだ。
 天文学者として知られている寅吉だが、俊彦さんは、寅吉の魅力はそれだけではないと考えている。こうして寅吉について調べたことを若い世代に伝えていくために、私たちに語ってくれた。
 
 まずは、前原寅吉のプロフィール。寅吉は1872年に、ここ八戸に生まれて、1949年にこの世を去る。寅吉の生きていた時代はまさに、江戸から明治へと大きく時代が変わる頃だった。武士を父にもつ寅吉は、武士の時代の終わりと共に貧乏になってしまった。そのため、八戸小を卒業すると、時計屋で丁稚奉公をしなければならなかった。しかし、そんな状況下で寅吉は、興味があった天文学を独学する。その勉強を始めたのは、たった10歳。寅吉の学ぶことへの意識の高さには驚くばかりである。また、その年齢で天文学に興味が出るほど、好奇心旺盛な少年だった。
 
 やがて寅吉は、ハレー彗星の太陽面観測に世界で初めて成功することになる。しかし、天文学の研究に熱心になるあまり、彼は両目の視力を失ってしまう。また、寅吉は、自身が研究したことをまとめ、世界に発信もしていた。今でこそグローバル化が進み、世界がつながることが容易になったものの、当時はそんな時代ではない。まして当時は、地域どうしでの戦いがたえない時代だ。周りは皆敵だというご時勢の中で世界に目を向け、情報を共有しようとすることには勇気が必要だったことだろう。壮大な宇宙について研究していた寅吉だからこそ、そういう発想を持つことができたのだろう。
 世界に目を向けるだけでなく、寅吉は、天文学を地域の人々の暮らしにも生かしていた。太陽の黒点を調べ、冷害を予測し、人々の稲作の手助けをした。そして、寅吉は何といっても「マエバラ」を創業した。当時の写真をみてみると、洋風でおしゃれな外観だった。八戸の街並みも、まるでヨーロッパのようで、洋風な建物が並んでいた。

この寅吉が創業したマエバラに、なんと、あの宮沢賢治が来たのではないかと、俊彦さんは、賢治の著作の風景描写から推察しておられる。
まずは、賢治がマエバラに来たと思われる描写が「銀河鉄道の夜」の中に、
「時計屋の店には明るくネオン燈がついて、・・・中略・・・三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立っていましたしいちばんうしろの壁には空じゅうの星座をふしぎな獣や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかっていました。」
これは「四、ケンタウル祭の夜」の一説である。この描写が、寅吉のいたマエバラを表しているのではないか、と俊彦さんは考えている。その頃のマエバラには描写されているとおり「三本の望遠鏡」も「星座の図」もあったからだ。 さらには、ちょうど賢治が銀河鉄道の夜を書いていた頃、なんと鮫にある旅館、「石田屋」に立ち寄ったという記録まである。賢治がマエバラに立ち寄ったという明確な証拠はどこにもない。さらには、この時寅吉はすでに両目の視力を失っている。だから、二人が会って話した可能性は低い。しかし、この二人に共通する魂が自然と二人を引き寄せたのではないか。
 死んでは新しい星が生まれてくるように、宇宙と人間の歴史は同じであるという共通の「宇宙観」を持った二人が同じ時空を共有したのではないかと俊彦さんは確信している。賢治と寅吉が直接会ったのか、今となっては知る術もないが、この地で賢治が寅吉から「何か」を感じ、インスピレーションを受けたのは確実だろう。

 俊彦さんは、私に向かって最後に語ってくださった。
「あなたたちのような若い世代は、こんなにもすばらしい八戸に住み続けるべきだよ。」と。
 広い宇宙の中で、私は縁があって、八戸に生まれた。私たちひとりひとりがいないと、新しい「星」も生まれてこない。私たちは、八戸の良さをもっと知り、宇宙的な視野で同時に地球のことも考えながら寅吉のことも次の世代へと伝えてゆかなければならない。



取材に応えてくれた方

前原俊彦(まえはらとしひこ)/プロフィール
1958年八戸市に生まれる。現在、(株)マエバラ代表取締役社長。「まちの駅 はちのへ」の写真担当以来、八戸の写真を撮り続けているカメラマンでもあり、音楽にも造詣が深い。

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取材と文

堰端うらら(せきはたうらら)/プロフィール
こんにちは。八戸高校1年の堰端うららです。バドミントン部に所属しています。趣味は温泉巡りで、好きなことはおかしづくりとそれを食べることです。いつかはバケツプリンを作りたいともくろんでいます。

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