No.58

自転車の街、八戸

自転車競技の名選手を輩出してきた八戸。
表舞台を去っても、バンクのある練習場を支え、
大会を支え続けてきた人々の地道な活動がそこにある。

58-ogp.jpg
58-02.jpg
小笠原嘉 木村元信
取材・文 佐々木彩子

 自転車は、おとなから子供まで、だれもが楽しめる乗り物である。
 通勤、通学、買い物などの移動手段、レジャーとしてのサイクリングや軽スポーツ、高校や大学のアマチュア自転車競技。プロの競輪まで、用途は様々である。オリンピックでは、第一回から正式種目になっている。
 青森県に初めて自転車が入ったのは明治20年である。明治30年代半ばから県内で自転車競技が行われている。長い歴史と伝統があり、これまで数多くの名選手が生まれている。八戸で初めてのオリンピック選手は、自転車の富岡嘉平である。昭和26年(1951年)ニューデリーで行われたアジア競技大会で金メダルを獲得し、昭和27年(1952年)ヘルシンキオリンピックに出場している。彼だけでなく八戸近郊から6名もの自転車競技のオリンピック代表選手を輩出している。中でも昭和59年(1984年)第23回ロサンゼルスオリンピックに出場した三戸高校出身の坂本勉選手は、自転車競技では日本人初となる銅メダルを獲得している。
 そんな八戸の自転車競技について、八戸自転車競技協会理事長で、青森県自転車競技連盟副理事長である、小笠原嘉氏から話を伺った。モントリオールオリンピックに出場し、その後競輪選手として活躍した方である。
 小笠原さんが自転車競技を始めたきっかけには、父親の影響が大きかった。終戦後の食べる物のない時代に、自転車の大会に出場すると、米や野菜等の商品が貰えた。父親は、家に仲間を集めて各地の大会に出場して商品を稼ぎ、みんなで分けた。その後チームとして団体登録をして大会に参加するようになった。富岡選手も父のチームの一員だったそうだ。その当時は、一文字ハンドルの自転車から泥除け、荷台を取り払って、フレームだけに改造した自転車で競技に出ていたそうだ。
 そのような環境にあって、嘉さんは、高校入学と同時に自転車部に入部した。自転車は高校から始まる部活動なので、スタートはみんな一緒。始めた頃はずっとハンドルを握っているので、練習を終えて食事の時に箸が持てないほどだったという。高校は港が近いので、道路での練習中に魚を積んだトラックに何度も遭遇し、トラックから落ちる魚や魚の油、水で、自転車が滑って転ぶこともあったそうだ。
 大学に進み、国体や、アジア大会、世界選手権などで活躍し、昭和51年(1976年)、大学3年生の時に八戸出身の小笠原義明、岡堀勉両選手とともにモントリオールオリンピックに出場した。その種目の代表選手5人のうち、3人が八戸の同じ高校出身者だった。
 競技が盛んで伝統と実績があるので、練習場があればもっともっと強くなれるのではないか、バンクを八戸にとの関係者からの強い要望が実を結び、昭和51年(1976年)東運動公園に、バンクが完成した。1周333メートル、3周で1キロメートル。傾斜36度。申請すれば公認バンクになれるが、申請にお金がかかるし、大会の度にA級審判員を用意しなければいけないということがあり、申請はしなかったそうだ。
 バンクが出来てからは、ほとんどがバンク練習になって、スピード練習ができるようになった。雪が降っても除雪して練習することもあるそうだ。早い時間は競輪の選手が練習に使い、夕方学校が終わると高校生が練習に来る。寒くて風の強いのが、精神力を養うのに役に立つ。冷たい空気が肺に入ると負荷がかかって苦しいが、続けると春先に良いタイムが出るそうだ。高校生はプロの練習を目の当たりにすることができて励みになり、将来の明確な目標が持てるという。夢を現実にできるのだ。
 後日、バンクを見せてもらった。けがのため、競技を休んで地元で自主練習をしている木村元信選手が案内してくださった。一部雪をかぶっていたが、びっくりするほど大きくて、傾斜が迫ってくるようだった。春になって選手達の練習が始まったら、練習風景を見たいと思った。室内練習場には、競輪選手の名札がずらっとかかっていた。その中に息子の同級生二人の名前を発見して、競輪選手が急に身近に感じられた。そして意外にも『自転車競技のまち』だった八戸が誇らしく思えてきた。
 八戸のバンクでは、全日本クラスの大会も行われているが、観客席がないため、雨の日は傘をさして応援する。それでも実業団やインカレの大会を開催した実績もあるそうだ。「自転車競技は、青森競輪場ではなく、ぜひ八戸のバンクでやってほしい。その時には役員として携わっていたいと思います。」と、9年後の青森国体に意欲を燃やす。
 八戸市民でもバンクがあるのを知らない人がたくさんいると思う。市民と自転車が交流できる機会を増やしたい、たくさんの人にバンクを見て欲しい、というのが小笠原さんの願いである。



取材に応えてくれた方

小笠原嘉(おがさわらただし)/プロフィール
1955年生まれ。八戸市生まれ。日本大学卒。在学中「第7回アジア大会(イラン)」「第21回夏季オリンピック(モントリオール)」に日本代表として出場。昭和54年競輪選手としてデビュー。平成12年引退後TCVレンタリース株式会社に勤務。現在、八戸市体育協会理事長。

木村元信(きむらもとのぶ)/プロフィール
1979年生まれ。38歳、日本競輪選手会青森支部所属 81期生。八戸工業高校自転車競技部で、厳しい練習を積む中、競輪選手を志す。98年8月取手競輪場でデビュー。今年でプロ生活20年目。

×

取材と文

佐々木彩子(ささきさいこ)/プロフィール
昭和25年1月生まれ。海上自衛隊八戸航空基地で防衛事務官として勤務。退職後、はっちの開館時からボランティアガイドとなる。現在、さんぽマイスターデビューに向けて特訓中。

ページを移動

そだて人のカテゴリの記事

カテゴリ一覧 TOP 地域一覧


八戸市市政施行88周年 DASHIJIN

八戸88ストーリーズ
山車づくり応援企画実験室
八戸三社大祭の山車を世界に発信しよう!8.3チャンネル

文化庁ロゴ平成29年度 文化庁 文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業

beyond2020プログラム

DASHIJIN TOP