No.54

子どもたちをまん中に ~えんぶりの伝統と誇りを伝える~

中居林えんぶり組で「子どもえんぶり」は始まった。
子どもは大人たちを見て習い、大人たちは子どもの見本となる。
人と人とをつなぎ育む、誇るべき地域のかたち。

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中居信明 石鉢勝憲
取材・文 田名部遥

 中居林えんぶり組。このえんぶり組は、私が住んでいる地域に存在するえんぶり組である。冬になると、中居林小学校に行ってえんぶりを披露して、生徒や先生を楽しませている。そんな地域に親しまれている中居林えんぶり組について、親方の中居さんをはじめ、石鉢さん、大久保さんなど、えんぶり組の方々からお話を伺った。
 中居林えんぶり組では「つまご」(履き物)を手作りしている。昔、靴がなかった時代、雪でも滑らないようにと作られたのがこのつまごである。わらから作られているつまごは、雪で濡れると熱が出るため、足が温かくなるという。しかし、わらで作るとごみが出て、さらに壊れやすいという理由により、14年前からビニールで作っているそうだ。ビニール製のものだと8年から9年くらい履き続けることができ、汚れたら洗うこともできる。さらに、丈夫で格好良く見える。つまごを作る時には、かなりの集中力が必要らしい。子どものサイズと大人のサイズ、各2種類ずつ作っているそうだ。
 中居林えんぶり組は、6組ある取締役の中の一組であることから、まずい格好は見せられないという気持ちが強いという。そのため、まずは衣装から整える。また、「見本にならなければいけない」という気持ちから、子どもたちへの躾も厳しい。八戸市公会堂で行うえんぶり公演などでは、お金をもらって演じているという気持ちを忘れないそうだ。そこに「プロの精神」が表れているのが分かる。人は集まるがなかなか休みが取れなかったり、就職して地元を離れたりして、常に存続には危機感を持っている。しかし、市のためにもなくせないという思いから、毎年練習を続けている。そこにも「プロの精神」が表れていると思う。
 中居林えんぶり組は、「子どもえんぶり」の始まりの地だ。そのため、中居林小学校には「えんぶり部」が存在し、30名くらいが所属しているという。そのえんぶり部は、昔の「ルンペン部」という部活からきている。ルンペン部とは、部活に入らない子どもをなんとか入れるために作った部活だそうだ。それが発展して今の「えんぶり部」がある。石鉢さんたちは、33年間、小学校へ指導に行っている。私も小学生時代に舞いを教わったことがある。今の問題点は、参加する人が減ってきていること、女子は多いが男子が少ないことであるそうだ。男子が少ないと、太夫をやる人がいなくなるため、もっと多くの人に参加して欲しいという。取材に行った屯所では、大人から子どもまで集まって、楽しそうに食事を摂っていた。中居林えんぶり組は「楽しくやる」を念頭に置いており、コップを持ったらえんぶりの話はしない。そのメリハリが舞いのすばらしさとつながっているのだと思った。
 子どもから大人まで、楽しそうないい空気で活動しているのを目のあたりにし、自分の地域でもこのように誇りに思えることがあると嬉しくなった。これから何十年先も、子どもえんぶりの伝統と、「プロの精神」を守り続けていって欲しい。そして、私の地域の誇りとして、八戸で輝いて欲しい。



取材に応えてくれた方

中居信明(なかいのぶあき)/プロフィール
1957年八戸市生まれ。中居林小、一中と進み八戸電波高等学校(現在の八工大一高)を卒業。鉄鋼関係、電話関係、電気関係の仕事に従事し退職。現在は取締役えんぶり組のひとつ、中居林えんぶり組代表を務める。また、えんぶり以外にも太神楽、町内会活動など地域活動に積極的に取組んでいる。

石鉢勝憲(いしのはちかつのり)/プロフィール
1943年八戸市中居林生まれ。八戸地方えんぶり連合協議会副会長。中居林えんぶり組でのえんぶり歴は54年。兼業農家のサラリーマン時代から、えんぶりの保存継承に心血を注ぎ、市内の小学校で初めて中居林小学校で子どもえんぶりを指導。小学校での指導は34年におよぶ。


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取材と文

田名部遥(たなぶはるか)/プロフィール
八戸東高校2年3組。硬式テニス部に所属。中居林在住。中学校のときはソフトテニス部に所属していましたが、錦織圭に憧れて硬式テニス部に入部。音楽を聴くことが好きでBLUE ENCOUNTに惹かれている。

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