No.49

フライが結ぶ人と人

庶民に愛された揚げ物はソウルフードのごとく、
その味のよさで次から次へと得意先を広げていった。
人を大事に生きてきた、アツアツの細腕繁盛記。

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岩舘陸奥子
取材・文 山本裕美

 八戸のソウルフードと言えば、高級な物はいちご煮。家庭の味だとせんべい汁。身近にあるものだとチキンカツやグラタンフライ。という方もいるのではないだろうか?
 そんな長く愛されるお惣菜を作っている会社が『むつ食品』である。その創業者は岩舘陸奥子さん。陸奥子さんが設立したことから『むつ食品』と会社は名づけられた。
 お肉が食べたくても食べられず、カレーには、煮干しや魚肉ソーセージが入っていた時もあった子供時代を経て、岩舘さんはお肉屋さんに就職した。
 そこで得た知識を元に、岩舘さんは24歳で起業した。そこから実業家としての人生が始まることになる。
「会社を始めた時は、まだ若くて怖いものなんて無かった。」
そうして食肉店を始めた頃は、揚げ物が追いつかなくなる程のお客様が店に押し寄せた。が、近くにスーパーが出来ると客足は遠退いていった。
 岩舘さんはすぐに対策を練り、本格的に惣菜屋を始めてみた。取り扱っている食肉を焼き鳥にしてみたところ飛ぶように売れた。気まぐれで、お肉がたくさん入る時もある手作りコロッケもヒットした。売り上げが下がる度に新しいアイディアで苦境を乗り越えていった。
 と同時に、縁も大事にしていた。
 ある日、日頃のおつきあいのご縁で、八戸高校でフライ類を売ってみないか?という話が来た。二つ返事で引き受けフライを売ると、作って持っていった分がすべて売れた。そこで、毎日休み無しで作った。すると、転任していった先生の口コミで、
「私達の高校の売店でも売ってくれませんか?」
と、販路が広がった。
 揚げ物を食べて育った、かつての高校生が社会に出ていくと、
「私のお店で是非、フライ類やお惣菜を売りたいのですが。」
と、取り扱うお店が広がる。さらに、
「今度、会社の集まりがあり、お弁当をお願いしたいです。」
と、注文が来る。ひとつの縁は広がり続け今や、コンビニや病院などにも置いてもらえるようになった。世代を超えて愛される味となった。
「元旦と2日以外は年中無休。コンビニやスーパーなどに納めている関係で、お客様が待ってくれていると思うと休んでいるのが申し訳ないです。」
 しかし、全てが順風満帆というわけではなかった。設立当初から二人三脚でがんばってきた旦那さんは2年前に他界した。今は写真の中で微笑み、陸奥子さんを見守っている。そして、岩舘さん自身も多くの病気を乗り越えて、変わらない味を守って来た。
 現在、むつ食品は創業43年を数える。
 商売は一人ではやっていけない。と、語る岩舘さんのそばで、娘さんが4カ月のこどもを看ながら店に立ち、働いている。まるで昔の自分のようだ、と岩舘さんは思う。遠くに住むお孫さん達も、岩舘さんの作る惣菜の味を楽しみに帰省してくる。
 家族を、従業員を、お客様を、商品を大事にしていく岩舘さんの奮闘は続く。
 たくさんのお惣菜を作り出し、おだやかに優しく孫をあやして抱き支える手は、大きく力強い手をしていた。



取材に応えてくれた方

岩舘陸奥子(いわだてむつこ)/プロフィール
1950年生まれ。八戸のソウルフード・チキンカツシリーズを販売するむつ食品の創業者。創業43年。最初は精肉店からはじめ、現在はお惣菜をメインに販売している。過去には焼き鳥やコロッケが大人気だった。現在は子ども達と一緒にお店を経営している。

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取材と文

山本裕美(やまもとひろみ)/プロフィール
30代。はっちのガイドボランティアをしている。まちぐみ69号でもあり、役者でもあり、各種イベントスタッフでもあり、各種イベントに足を運ぶ人でもある。

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